【第7章】奈落の底、掃溜の山 (14/23)【打破】
【固着】←
「ずいぶんと丈夫だな。やりすぎて壊す心配がない点は、安心した」
ガスマスク越しに、無感情な声が聞こえてくる。
「生け捕りにする気か。ここで殺しておいたほうが、安全じゃないのか?」
「こちらが判断することだな。そちらが、先のことを案じる必要はない」
アサイラは、敵エージェントをにらみ返し、立ち上がろうと左手を地面につく。先ほどと同じ違和感が走る。今度は、左手が離れない。
コンバットスーツのエージェントは、アサルトライフルのカートリッジを交換する。その動作には、余裕すらある。
アサイラは、とっさの防御手段を思案する。右腕は、使えない。左手は、動かない。そもそも、身をよじることすらままならない。
(……万事休すか)
絶望と諦観を前に、アサイラはまぶたを閉じる。
「勇者サマああぁぁぁ!!」
そのとき、ワッカの絶叫が聞こえた。アサイラが首をひねると、防護服のすそをひるがえしながら、発掘者<スカベンジャー>が走ってくる。
「バカッ、死ぬぞ!?」
静止の声に聞く耳も持たず、ワッカはアサイラの側面に体当たりする。
二人は、ガレキの地面のうえをともに転がる。先ほどまでアサイラのいた地点にて、無数の銃弾が空を切る。
「左手が……動いたか?」
アサイラは、自分の左手のひらを見やる。右足や手榴弾のときと同じように、肉球型の黒い跡が付いており、すぐに消滅する。
(そういえば──右足のときも、自分の力では離れなかったのに、銃弾を受けたら吹っ飛ばされた……)
アサイラは、下半身の力だけでよろよろと立ち上がる。
(自分の力では離れないが、第三者がくわえた力ならば……?)
アサイラは、頭のなかで仮説を組み立てあげる。
根拠を集める余力には乏しいが、窮地の打破を賭けるには、十分だ。少なくとも、そう判断する。
「ワッカ! 俺の背中に、おぶされ!!」
「どんがらだった!」
ワッカは身軽に跳躍して、アサイラの背中にはりつく。
「しっかり捕まっていろよ……もし俺が動かなくなったら、おまえが俺を押して動かすんだ!」
「まかせろ!」
アサイラは、背中に小人を背負い、重傷の右腕をかばい、左手だけで構えをとる。そのまま、すり足でゆっくりと動き始める。
→【双巴】
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