【第1章】青年は、淫魔と出会う (26/31)【問診】
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「なにがなんだか、さっぱりわからないが……とりあえず、座ればいいのか」
青年は、小型の丸テーブルを挟んで女と向かい合ういすに着席する。テーブルのうえには、ティーカップがふたつと、湯気をこぼすティーポットがひとつ置かれている。
セクシーナースの格好をした女の手元には、手書きで『問診票』と書かれた紙が置かれている。
「はぁい。それじゃあ、これから問診のお時間だわ」
「おまえが医療関係者には、とうてい見えないんだが」
「患者さんは、よけいなこと言わないのだわ。素直に、私の質問に答えること!」
ナースコスチュームの女は、芝居がかった動きで看護師の真似をしながら、服で強調されたバストの谷間からペンを取り出す。
「まずは、患者さんの年齢を教えてくださーい」
「……わからん」
「じゃ、次は出身地」
「それも、わからない……」
「来歴、どんな細かいことでもいいのだわ」
「……」
女の手元で、こつこつ、とペン先がテーブルを叩く。用意された紙面のうえには、なんの文字も書き留められない。
「だめもとで、一応、質問しておくのだわ。あなたの、名前は?」
青年は視線を伏せて、しばし沈思黙考する。ナースのまがい物は、青年の思案に付き合う。やがて、青年は顔をあげる。
「……アサイラ・ユーヘイ」
「少なくとも、名前だけはわかってよかったわ」
ナースコスチュームの女は、ふうっ、と息を吐きつつ、肩をすくめてみせる。
結局、何ひとつ書きこまれることのなかった問診票の紙をくしゃくしゃに丸めると、部屋の片隅のごみ箱に向けて放り投げる。
その様子を見ていた青年は、ぼそり、と口を動かす。
「蒼い星……」
青年の独り言に、女が急に真剣な表情となって振り返る。青年のほうに、前のめりで向き直る。
「いま、なんて言った?」
「……俺を、もといた世界にかえせ」
女の問いかけを無視して、青年は要求する。セクシーナースの女は、胸元を揺らしながら、何度めになるかわからないため息をつく。
「すぐにでも帰してあげるのだわ。場所が、わかるのなら」
「……」
女の返答に対して、青年はふたたび沈黙した。
→【蒼星】
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