【第2部18章】ある旅路の終わり (11/16)【足音】
【誤断】←
「こんな地獄の底までやってくる物好きは、どこのどいつだ!? こっちは取りこみ中だ、これがな!!」
トゥッチは悪態をつくと、銃をかまえようとして弾切れしたのを思いだし、両の拳を身構える。コーンロウヘアの征騎士の狼狽を見るだに、グラトニアの関係者が来たわけではなさそうだ。
──カツ、カツ、カツ。
片手で崖からぶら下がった状態ながら『伯爵』が耳を澄ますと、ゆっくりとこちらへ接近する足音が聞こえ、止まる。
方向的には、先ほどまで主戦場となっていた石柱林か。トゥッチのにらみつける視線の先も、それを裏付ける。
「……ウラアッ!」
「びボげえ!?」
数秒の沈黙ののち、満身創痍の伊達男にとって聞き覚えのある叫び声が聞こえてくる。急接近してきた影にショルダータックルを喰らい、コーンロウヘアの征騎士が不格好に弾き飛ばされる。
「おたくは……なんでここに、おたくがいるんだ……『イレギュラー』ッ!?」
「ふむ……ドクの打った手が間にあったかね。悪あがきも……してみるものだ」
ごろごろと足場を転がりながらトゥッチが驚愕の声をあげる。『伯爵』はいまにも意識が途切れそうになりながら、にやり、としてやったりの笑みを浮かべる。
満身創痍の伊達男の左手首を乱入者がつかみ、地面のうえに引きずりあげる。血と汗が目に入り、かすんでいた『伯爵』の視界に、黒髪の青年の顔が見える。
高速の突進からの流れるような救出の動きに、ようやく頭を振りながら立ちあがったコーンロウヘアの征騎士は、石柱の現出による妨害が間にあわない。
足場のうえに乱暴に転がされた満身創痍の伊達男の姿を見て、トゥッチは露骨な舌打ちを響かせる。
「ふむ……こちらから声をかけずとも、サルベージしてもらえるとは……これは、我輩の人徳と判断してもかまわないかね?」
「向こうのやつは、なにも知らないようだからな。あとで、事情を聞く必要があるだけだ……死にかけのようだが、俺があいつを殴り倒すまでは生きてろ。ヒゲ貴族」
「ははは、努力するとしよう……それはそうと、我輩のことは……『伯爵』と呼んでくれたまえ……アサイラ」
黒髪の乱入者──アサイラは、満身創痍の伊達男を一瞥することもなく直立すると、コーンロウヘアの征騎士に対して向きなおる。
得意の銃火器を使えないトゥッチは、苦々しい表情を浮かべつつ、格闘戦の構えをとる。旧セフィロト社のエージェントであれば、研修で叩きこまれる体術だ。
黒髪の乱入者は、コーンロウヘアの征騎士に向かって、力強い踏みこみで駆けこんでいく。半分ほど間合いを詰めたところで、勢いよく跳躍する。
「ウラアッ!」
吹き荒れる重力の乱気流すら振り切る速度で、アサイラの跳び蹴りが放たれる。トゥッチは、機械義手の右腕を相手のすねに当て致命的一撃の軌道をそらす。
「おたくはお呼びじゃねえんだ、これがな!」
弾丸のごとき蹴りをいなしたコーンロウヘアの征騎士は、黒髪の乱入者が着地する隙を狙って、文字通り鋼鉄製の拳のショートフックをわき腹へ叩きこもうとする。
アサイラは足の裏がわずかに地面に触れた瞬間、全身のバネを解放してバク転する。乱れる力場の流れを逆に利用した軽やかな動きだ。トゥッチの鉄拳は、むなしく宙を切る。
着地した黒髪の乱入者とコーンロウヘアの征騎士は、互いに一歩踏みこめば拳を叩きこめる間合いを挟んで、あらためて対峙する。
「ふむ……セフィロト本社で『重力符<グラヴィトン・ウェル>』を攻略したときの経験が活きているかね……」
後進の成長を見つめるかのように、『伯爵』は目を細める。セフィロト社のエージェントとなるよりも過去の、十年以上まえの色あせた記憶が脳裏を去来する。
「どこまでもふざけやがって、『イレギュラー』……おれっちが、おたくに邪魔をされるのはこれで3回目だ、これがな」
煮えたぎるような悪意を隠そうともしない声音でつぶやくトゥッチに対して、アサイラは怪訝な表情を浮かべる。
「俺と、おまえは……初対面じゃないのか?」
「──ッ! 馬鹿にしやがって……これだけコケにされたのは、おれっち、産まれて初めてだ、これがな……ハメ殺しにしてやるッ!!」
黒髪の青年の返答に激昂したコーンロウヘアの征騎士は、サイバーアームの右腕を振りあげる。文字通りの鉄拳を、相手の心臓へ叩きこもうと踏みこんでくる。
アサイラは、目を見開く。明確な敵意をまえにして、感覚が加速する。敵の動きがスローモーションで捉えられる。
相手は、明確に膂力の優れているような、いわゆるパワータイプではない。くわえて、わかりやすい軌道の大振りの一撃。拳を受け止めれば、即座に反撃へ移れる。
「──アサイラ! トゥッチの打撃を、正面から受け止めてはならないッ!!」
直感的思考に従って身体が動こうとした瞬間、黒髪の青年の耳に『伯爵』の張りあげた声が届く。
アサイラは、とっさに掌底を相手の前腕へぶつけていなしつつ、右脚を軸として回転し、敵の側面へとまわりこむ。
「チイッ! 死に損ないのおじんめ……よけいな入れ知恵しやがって、これがな!!」
まっすぐ突きだしたトゥッチの右拳の先から、腕の数倍の直径はあるだろう石柱が伸びて、ごとんと地面に転がる。これほどの質量体をぶつけられれば、黒髪の青年のガードも破られていただろう。
「……なるほど、そういうことか」
アサイラは、満身創痍の伊達男の警句が意味するところを理解して、悠然と徒手空拳をかまえなおす。コーンロウヘアの征騎士は、体勢を崩しつつも、ひざ蹴りを繰り出す。
「アサイラ、手だけだとは思うな……! おそらくだが、トゥッチは全身のどこからでも石柱を出せるッ!!」
銃創の激痛に耐えながら、『伯爵』は声を張りあげる。トゥッチは見るからに不快感を露わにした表情で、満身創痍の伊達男を一瞥する。
「死にかけだってのに口数の減らねえおじんだ、これがな……アげべ!?」
黒髪の青年は、言わずもがなとばかりの悠然とした様子で身を沈め、コーンロウヘアの征騎士の軸足に対して足払いをぶつける。
バランスを崩したトゥッチは、勢いよく転倒する。ひざ頭から現出した石柱が、むなしく足場のうえを転がり、重力沼へと落下していく。
「よそ見とは、ずいぶんと余裕があるか?」
「ナメやがって、『イレギュラー』……! おたくだけは絶対に許さねえ、これがな!!」
地に身を伏せるコーンロウヘアの征騎士は、土埃にまみれながら転がり、間合いをとる。敵愾心に満ちた視線でアサイラを見つめつつも、口とは裏腹に、身をひるがえして背を向ける。
「チクショウめ……ココシュカのヤツはなにをしているんだ、これがな!? 『イレギュラー』たちの次元跳躍艇を抑えているんじゃなかったのか!!」
「軍人女の征騎士のことなら、シルヴィアが狙撃でしとめた。あの傷なら、死んだか」
一瞬だけ驚愕に双眸を見開いたトゥッチは、黒髪の乱入者と満身創痍の伊達男を後目に逃走を開始する。アサイラは前傾姿勢となり、即座に追随のスプリントを開始する。
「ノロマがッ! おれっちに追いつけやしねえよ、これがな!!」
「……グヌッ!?」
進行方向をふさぐようにトゥッチの足跡から石柱が伸び、黒髪の青年は衝突する。アサイラが足を止めているあいだに、コーンロウヘアの征騎士の背中がぐんぐん遠ざかっていく。
「身体から、だけではなくて……触れたものからも石柱をはやすことができる転移律<シフターズ・エフェクト>か」
「すまない、アサイラ……我輩の説明が、言葉足らずだったかね……?」
「だいじょうぶだ。問題ない、か」
身を起こそうとして、かなわず、ふたたび満身創痍の伊達男は倒れこむ。黒髪の青年は、いささかも動揺する様子を見せずに、腰を落とす。
「ウラアッ!」
断頭台のごとき回し蹴りが一閃し、『伯爵』は目を見張る。石柱はたやすくへし折れ、倒れこんできた灰色の質量体をアサイラはかつぎあげた。
→【血潮】
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