【第2部25章】陳情院議長暗殺計画 (3/8)【議長】
【侵入】←
「諸君、放送の中止を……」
「だめだ! だれひとり、いま立っている場所から動くな……機材にさわることも、許さない!!」
複数のカメラを向けられる壇上の壮年の男に右手のサブマシンガンで狙いを定めたまま、狼耳の獣人娘は逆手で拳銃を引き抜き、スタジオのスタッフを牽制する。
つい先刻まで朗々とスピーチしていたであろう男は、ふう、とため息をつく。シルヴィアは、ターゲットから目をそらさず、頭のうえから伸びる獣耳をせわしなく回転させ、360°の気配を探り続ける。
明確な敵意を向けるシルヴィアに対して、ステージ上の男も目をそらさない。ふたりは、にらみあったまま、微動だにせず敵意をぶつけあう。
黒髪をワックスでメンズボブにまとめ、相当に仕立てのよいスーツを身につけた壇上の男の姿からは、戦闘経験こそ感じさせないが、いささかの動揺も見せることなく修羅場慣れしていることをうかがわせる。
(この男が、敵──陳情院の議長で間違いないようだな。おそらく次元転移者<パラダイムシフター>……グラトニア征騎士は、戦闘要員に限らないということか!)
メインスタジオに踏みこむ直前までシルヴィアは、あわよくばターゲットの生け捕りを検討していた。グラトニア帝国の要人だ。人質としても情報源としても、価値が高い。
しかし、その甘い考えは即座に氷解した。この男は戦士でこそないが、それでも手強いと直感する。獣人娘が対峙してきた数々の次元転移者<パラダイムシフター>たちと比較しても、遜色ないプレッシャーを感じる。
(暗殺、一択だな……ここで! 確実にッ!!)
シルヴィアは決意を新たにしつつも、露骨に顔をしかめる。軽いめまいと奇妙な偏頭痛を覚える。
「……外で暴れまわっているテロリストは、貴君の仲間かな? 要求はなんだ、こちらも是々非々で対応しよう。まずは、話しあおうじゃないか」
「フリーズ、だなッ! こちらが質問しないかぎり、そちらから口を動かすな! 手も、足もだ!!」
咆哮する狼耳の獣人娘に対して、ステージ上の男はホールドアップの姿勢をとり、やれやれと小さく首を振る。
相手は、グラトニア帝国の重鎮政治家だ。舌先と口車のプロだ。会話を続けては、ならない。懐柔されるまでは行かずとも、よけいな時間を稼がれるおそれがある。
陳情院議長に銃口を突きつけたサブマシンガンのトリガーを引こうとするシルヴィアの視界が、かすむ。上手く照準を定められない。左右のこめかみを中心に、頭痛がひどくなる。
──キイイィィィ……ン。
シルヴィアは、メインスタジオ内に響きわたる奇妙な高周波音に気がつく。機械音とも少しばかり異なる。これが不快感の原因か。
(なんらかの技術<テック>によるものか? 魔法<マギア>の使い手には見えないが……あるいは、転移律<シフターズ・エフェクト>。すでに……しかけられていたようだな!)
狼耳の獣人娘は、かすみのかかった視界を凝らして、壇上の陳情員議長を見据える。男の背に、まるで蜃気楼のようにうっすらと揺らめく、半透明の蟲の羽のようなものが見える。
(なんにせよ……いま、しとめるのだな……ッ!)
シルヴィアは、よろめきながらもステージ上へ向かって飛びかかろうとする。同時に、サブマシンガンのトリガーにかけた指の力をこめる。ゼロ距離射撃ならば、はずすことはない。
「……うぐッ!?」
フルオートで放たれた銃弾は陳情院議長に対してではなく、スタジオの天井に向かってばらまかれる。狼耳の獣人娘に向かって、四方八方から撮影スタッフが殺到し、体当たりで身動きを封じられる。
シルヴィアを中心におしくらまんじゅう状態となった老若男女は、皆、一様に操り人形のようなぎこちない動きで、瞳に意思の光はない。
「貴君の強硬な態度を見るだに、交渉は決裂だろう。残念だ……わたしたちも、テロリストに対しては断固とした態度をとる。臣民の皆さまにおかれては、心配御無用というわけだ」
陳情員議長は身をひるがえし、ステージ裏へと逃げこんでいく。シルヴィアは人間の壁にはばまれ、追跡はおろか、まともに動くこともできない
獣人娘の眼前の撮影スタッフが、手にしたグレネードのピンを歯で引き抜く。シルヴィアは、とっさに相手の額へサブマシンガンの銃口を押し当て、トリガーを絞る。
──ズガガガッ!
至近距離で無数の飛礫を受けた頭蓋が、脳漿をまき散らしながら破裂する。手榴弾を手にしたスタッフは、仰向けに倒れこむ。人垣にわずかにできた隙間から、シルヴィアは転がり逃れる。
──ズガァン!
獣人娘の振り向く間もなく、グレネードが炸裂し、少ない数の職員を吹き飛ばす。生き残りの撮影スタッフたちは、ひるむ様子もなく、ふたたび左右前後からシルヴィアに追いすがる。
「ここで、足止めされるわけには……行かないのだなッ!」
ウェポンラックを背負ったまま、狼耳の獣人娘は屈伸すると、大きく跳躍する。空中で天地逆転した体勢になると、その足の裏がスタジオの天井に触れる。
侵入者に群がろうとするスタッフたちは、シルヴィアの落下を手を伸ばして待ちかまえる。だが、狼耳の獣人娘の身体が床へ降りてくることはない。
「……『狩猟用足跡<ハンティング・スタンプ>』だな!」
物体を『固着』する転移律<シフターズ・エフェクト>によって、天井からぶら下がったシルヴィアは、頭上の群衆に向かってサブマシンガンをフルオート射撃する。
銃弾の雨を喰らい、血と肉をぶちまけて四肢を引きずりながら、それでもスタッフたちは侵入者に追いすがろうとする。狼耳の獣人娘は頭上にサブマシンガンの銃口を向けて、トリガーを引いたまま、重力が反転したかのようにスタジオ天井を駆ける。
『狩猟用足跡<ハンティング・スタンプ>』の発動と解除を小刻みにくりかえしながらメインスタジオを横断したシルヴィアは、身軽に床に着地すると、ステージ裏に消えた陳情院議長の後を追った。
→【追駆】
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