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【第15章】本社決戦 (1/27)【本社】

【目次】

【第14章】

『──アサイラ、生きてる?』

「勝手に殺すな、クソ淫魔」

『ああ、よかった。次元障壁越しでも、精神接続は維持できるみたいだわ』

 大の字に倒れこんでいた青年の意識が、精神に直接響く声によって覚醒する。冷たい人工物の床の感触を背中に覚えながら、アサイラは身を起こす。

 無機質な通路だった。車両が通れそうな広さがある。白い照明灯が設置された天井には、なんのためかわからないパイプやケーブルが張り付いている。

「ここが……セフィロト本社、か?」

『その通りだわ。アサイラがいまいるような感じの構造物で、次元世界<パラダイム>全体が構成されているみたい』

 頭のなかに直接響く声を聞き取りながら、青年は立ちあがり、頭を左右に振る。

 オフィスビルか精密機器の製造工場を思わせる長い廊下は、ところどころで直角に分岐し、複雑怪奇な迷宮を形作っている。

 いまのところ、人の気配はない。

『ところで……龍皇女たちは、アサイラの要望通りに送還したのだわ。でも……なんで? せっかくなんだから、最後まで手伝ってもらえばいいのに』

「余計な人間を、巻きこむ必要もないだろうから……か」

 頭のなかに響く『淫魔』の問いかけを受けて、アサイラは自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。

『セフィロト社の人間だったら、容赦なく殺すのに?』

 重ねる『淫魔』の質問に、青年は沈黙する。静寂のなか、頭上の配管から小さな機械音が聞こえてくる。答えは、見つからない。

『だいたい、龍皇女は人間じゃなくてドラゴンだわ』

「茶化すな、クソ淫魔。おまえも、ここいらで手を引け」

『お断りだわ。私は、ヤリかけたことは最後までヤる主義なの』

「おまえが言うと、いやらしい意味にしか思えないな」

『茶化さないでほしいのだわ。どうでもいいけど、正面から警備兵が来るわよ。すぐ横の曲がり道に隠れなさい?』

 一瞬、言い返そうと思案するも、アサイラは『淫魔』の指示に従い、薄暗く細い脇道に身を隠す。

 少し遅れて、青年から四角になっていた曲がり角から、コンバットスーツに身を包んだセフィロト社の人間が、足早に駆け抜けていく。

『どうかしら。これでも、余計な手間を避けながら進むには、超絶美人で有能なナビゲーターが必要だと思わない?』

「……なぜ、敵の接近がわかった?」

『こっちもいろいろと準備をしていた、ということ。そもそも、いまのセフィロト本社は、難攻不落の次元障壁を破られて、厳戒態勢のまっただなかだわ』

 脳裏に、『淫魔』の得意げな声が聞こえてくる。アサイラは観念し、無言でセフィロト本社の廊下を駆け始める。

 分岐路が近づくたび、脳内に進むべき道がナビゲートされ、青年は速度を落とさず指示に従う。社内の人間と鉢合わせには、ならない。

「厳戒態勢、というわりには人の気配すらしない……か?」

『私が、無人のルートに案内してあげているの。感謝するのだわ! あ……止まって。警備兵が、接近している!!』

 頭のなかに響く警告に従って、アサイラは急停止する。直線の長い通路だ。前方の十字交差のほかに、脇道や迂回路はない。

「隠れる場所なんか、ないぞ。殴り倒すか?」

『それじゃあ、せっかくナビゲートしている意味がないのだわ! だいたい、交戦したら最後、無尽蔵に増援を呼ばれるし……どうにか、やり過ごして!!』

「……有能なナビゲーター、か」

『なんか言ったのだわ!?』

 直後、サブマシンガンを装備した兵士たちが、角から姿を現して、青年がいた場所を通り過ぎていく。当のアサイラは、上方からその光景を見下ろしている。

「グヌヌ……」

 青年の四肢の筋肉が、張りつめる。アサイラは跳躍し、配管に指をひっかけ、天井に身を張り付けて警備兵の一団をやり過ごしていた。

『グリン……危ないところだったのだわ』

「……他人事か?」

『そんなことないのだわ! こっちが、どれだけの数の目を誤魔化していると思って……あ、そこに通風孔があるでしょ。エアダクトに入れない?』

 青年は、首を巡らせる。『淫魔』の言うとおり、天井に空いた風窓を見つける。

「ずいぶんと、古典的な方法か」

「だからこそ、有効だわ」

 セフィロトの兵士たちが十分に離れるのを辛抱強く待って、アサイラは、スリット状の隙間のある覆いを力任せに破壊する。

 通路とは一転、暗く狭い通風路に、青年は潜りこむ。アサイラは、ほふく姿勢で道なりに這い進んでいく。

『速度は落ちるけど、誰かと鉢合わせになる可能性は格段に低くなるのだわ』

「まあ、こんなところに潜りこむような人間は、ふつう、いないか……」

 脳裏の『淫魔』の声を聞き流しながら、青年はエアダクトの内部を前進する。ときおり下面に空いた風窓から、照明光が差しこんでいる。

 通風孔のスリットから廊下の様子を見下ろすと、兵員のみならず、一般社員までもが慌ただしく行き来している。

 人がいないところを選んでナビゲートしている、と主張していた『淫魔』の言葉は嘘ではないようだ。

──ガサッ、ガササ。

 アサイラの聴覚が、背後でうごめくわずかな物音を拾う。はじめは、気のせいかと思う。だが、動きを止めて耳をそばだてれば、確かに聞こえる。

 自分同様、なにかが這うような音は消えることなく、徐々に青年のほうへ近づいてくる。狭苦しい穴道では、背後を視認することもできない。

『どうしたのだわ、アサイラ?』

「なにかが、いる。近づいてくる、か……」

『なんですって!? こっちからは確認できないのだわ!!』

「いったい、どうやって道案内しているんだ。クソ淫魔」

『ともかく、全速前進だわ! そのまま進めば、縦穴があるはず……そこから、下に飛び降りて!!』

 青年は、念話の指示に従ってほふく前進の速度を増す。後方の物音は、迷うことなく近づいてくる。

 アサイラの皮膚感覚が、正体不明のなにかが至近距離への肉薄を教える。

 気配から察するに、猫か、小型犬ほどの大きさか。ただし、人間同様に閉所での移動を得意とはしていないようだ。

「……グヌッ!?」

 鋭い爪のようなものが、青年の足元かすめる。這うのがやっとの横穴では、迎撃もままならない。暗がり越しに、『淫魔』の言っていた縦穴が見える。

 尺取り虫のように身をくねらせながら、アサイラは前へ向かって体躯を跳ねさせる。そのまま前転するように、陥井のなかへと飛びこむ。

──バササッ。

 頭上から、翼を羽ばたくような音が聞こえてくる。正体不明の追跡者は、なおもアサイラに肉薄しようとしている。

 落下しつつ、青年はようやく自分の後方にいた存在を見あげる。暗闇のなかに冷たく光る、猛禽の目のごときふたつの輝点が、こちらをにらみつけている。

「ヌウ……ッ!」

 自然落下の速度を上回るスピードで、相手が急降下をしかけてくる。暗がりごしに、鷹か鷲のようなシルエットが見える。

 アサイラの頭部めがけて、コンバットナイフのごとき鉤爪がきらめく。羽ばたき音に混じって、かすかなモーターの駆動音が聞こえる。鳥型のロボットか。

 閉所のなか、自由落下の途中にあって、青年はなおも身をよじる。手刀を構え、上方へと振り抜く。

「──ウラアッ!」

 手応えが、あった。同時に、アサイラは開けた空間へと出る。空中で回転し、勢いを殺して着地する。遅れて、追跡者の残骸である、機械部品が落ちてくる。

 相手は、猛禽を模した戦闘ロボットだとわかる。そして青年は、岩石の地面のうえに立っている。

 頭上には、空に蓋をしたかのような人工物の天井。前後左右には、広漠で平坦とした荒れ地が薄暗い照明に照らされていた。

【基底】

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