【第14章】次元戦線 (3/3)【破城】
【群蟲】←
「──来る、か!」
白銀の大剣をかまえつつ、アサイラは左右から回りこむように肉薄してくるドローンたちをにらみつける。
──ズガガガッ!
数体の無人機が挟撃の位置から、龍の乗り手を、搭載機銃で掃射する。龍皇女の六枚の翼が、花のつぼみのように青年を包み、防御する。
アサイラは、目を見開く。射撃を続けるドローンの影から、クラウディアーナの龍翼のすきまをくぐり抜け、さらに接近してくる無人機がある。
「グヌ……ゥラア!」
プロペラ翼で回転ノコギリのように斬りつけようとするドローンを、青年は紙一重で回避する。すれ違った無人機を、剣の柄で力任せに殴りつけ、破壊する。
後方の側近龍たちの援護でこじあけられたはずの突破口は、無数のドローンたちによって、すでに狭まりつつある。
「一体ずつなら、大した驚異ではないが……この数だと、さすがに厄介、か」
『さいわい、龍に有効な攻撃手段はさほど持っていないようですわ。わたくしが、我が伴侶を守りつつ、強行突破を……あむぐッ!?』
アサイラの足下で、クラウディアーナが苦悶にあえぐ。龍の脇腹にはりついた無人機が炸裂した。自爆によって、白銀の鱗が吹き飛び、鮮血がしたたる。
「ディアナどの! だいじょうぶか!?」
『わたくしとしたことが、油断いたしました……とはいえ、大事ありません。それに、あの厄介なミサイルとやらを使ってこないのも、幸いですわ』
『虚無空間では、技術<テック>のセンサーが正常に働かないのだわ。このドローンを飛ばすのも、相当、無理をしているはず……』
龍皇女の指摘に、『淫魔』が念話で応える。無尽蔵に群がる無人機を、羽蟲をはらうように龍翼を振って打ち落とす。
緑色の輝星からは、新たに放出されたドローンと思しき黒点が見える。
『どちらにせよ、やることは変わりませんわ。わたくしどもが戦線を突っ切り、セフィロトの根城に肉薄する……いかがです、我が伴侶?』
「ああ……行くかッ!」
乗り手の返事を聞いて、クラウディアーナは六枚の龍翼で流線型を形作る。速度を増して、無人機の群のなかに突撃していく。
後方から、側近龍たちの光の吐息<ブレス>が放たれ、ドローンたちをまとめて呑みこみ、融解していく。
援護射撃を生き残った無人機に対して、基幹部を銃弾が貫く。シルヴィアの正確無比な狙撃が、青年と龍皇女へのドローンの接近を阻む。
火砲支援のごとき仕事をする後方のドラゴンをしとめようと周りこむ無人機の編隊を、ヴラガーンの巨体と膂力、リンカの操る焔が食い止める。
「あのなかに、いる……俺の、かえる場所を知る男が……」
青年は、顔をあげる。クラウディアーナの飛翔速度は、ますます増していく。接近に伴い、不気味な緑色の恒星が、ぐんぐんサイズを増してくる。
アサイラは、左手で龍皇女のたてがみをつかみ、『龍剣』の柄を右腕全体で保持し、馬上槍のような構えをとる。
「──グヌヌヌッ!」
丹田から生命のエネルギーを汲みだし、大剣に注ぐ。刀身から前方に向かって、蒼黒の奔流が伸びる。
もはや青年の視界は、緑色の電光で染められている。上位龍<エルダードラゴン>の飛翔速度を乗せて、導子力の刃が次元障壁に接触する。
──バヂヂヂイッ!
耳障りなノイズが虚無空間に響きわたり、無形の防壁の表面に波紋が広がる。破壊には、至らない。衝突寸前で、クラウディアーナは反転する。
『やはり……一筋縄ではいかないようですわッ!』
「効いていないわけではない……もう一回、頼む。ディアナどの!」
『我が伴侶の、望みとあれば!』
ぐるりと円を描くような軌跡を描きつつ、龍皇女はふたたび、緑色の次元障壁へと肉薄する。群がるドローンを、強引に振り切っていく。
ドラゴンの背で、アサイラは両手で『龍剣』を振りかぶる。使い手の意志に応じて、刀身は蒼黒の奔流をまとい、数倍の長さとなって天を突く。
「ウラアアァァァ──ッ!!」
アサイラは、エネルギーの刃を振りおろす。切っ先と次元障壁が接触し、火花が飛び散る。強烈な反発が、剣の柄を握る手のひらに伝わってくる。
青年は、かまわず『龍剣』を圧しこみ続ける。手応えは、ある。緑色の光の表面に裂け目が生じ、少しずつ広がっていく。
「──ァァアアアッ!!!」
アサイラは、白銀の大剣を振り抜く。全体から見ればわずかだが、次元障壁に十メートル弱の、黒い亀裂が生じている。
青年は、十本の指にしびれを覚える。反動に耐えきれず、『龍剣』が手のうちから離れ、回転しながら宙を舞う。
「グヌギイィ……ッ!」
手の痛みに耐えながら、アサイラはクラウディアーナの背を駆ける。首筋から頭上まで走ると、力の限り、跳躍する。
『我が伴侶……ッ!!』
龍皇女が、咆哮するように青年を呼び止める。アサイラはかまうことなく、次元障壁の裂け目──セフィロト本社内部へと転がりこんでいった。
「……無茶をなさる御仁ですわ!」
クラウディアーナの巨体がまばゆい光に包まれると、その姿は縮小し、純白のドレスに身を包んだ人間態へと変貌する。
慣性のままに宙を舞う龍皇女は、持ち主の手を放れた『龍剣』をつかみ取る。後方からアリアーナが追随し、人間態のクラウディアーナは側近龍の頭上に着地する。
「しかし、好機ですわ! わたくしたちも、我が伴侶に続きます!!」
『御意なのですよ! 龍皇女殿下!!』
龍皇女は、戦列に並ぶ同志たちへと号令をかける。セフィロト本社を守る次元障壁の亀裂が、電光を発しながら、見る間に狭まっていく。
側近龍の頭頂に立ちながら、クラウディアーナは病的な光の壁の向こう側を、険しい目つきで凝視する。
アリアーナの背のうえで、シルヴィアは携行する装備を選別すると、四つん這いになり、疾走と跳躍をするための獣の姿勢をとる。
龍皇女と獣人の娘を乗せたアリアーナは、次元障壁の裂け目へ向かって一直線に滑空する。ほかの側近龍も、そのあとに続く。
ヴラガーンとリンカは、迂回しつつ、吐息<ブレス>と赤焔でドローンたちをなぎ払い、クラウディアーナたちの突入を援護する。
「──やれ、クソ淫魔」
龍皇女が、目を見開く。修復されつつある裂け目の向こう側から、わずかに、しかし確かにアサイラの叫び声が聞こえた。
虚無空間を飛翔するドラゴンたちは、すぐに異変に気がつく。前進する速度が、少しずつだが確実に遅くなっていく。
「何事ですわ、アリアーナ!?」
『わかりません……! 翼をいくら羽ばたいても、遅くなって……ッ!!』
ドラゴンたちの隊列飛行は、ついに前進が止まり、巻き戻るように後方へと引っ張られていく。龍たちは戸惑いつつも、後退速度が増していく。
「これは……ッ!」
クラウディアーナは、周囲を見回すと天を仰ぎ、声を張り上げる。
「そなたの仕業ですね……『淫魔』ッ!」
『ええ。そのとおりだわ、龍皇女……『扉』の操作者が私である以上、虚無空間にいるうちは送還権限も、私にあるの』
「そんなことは、聞いていないですわ! なぜ、邪魔立てをするのです!!」
『……アサイラの要望だわ』
無感情な『淫魔』の返答に、クラウディアーナは前方を見やる。病的な緑色の太陽のごときセフィロト本社が、みるみる遠ざかっていく。
大きく口を開いた『淫魔』の『扉』に、最後尾の側近龍が呑みこまれる。ほかのドラゴンたちも、次々と吸いこまれていく。
最後に残った側近龍──アリアーナは、必死に龍翼を羽ばたかせる。それでも、送還の強制力のまえには、わずかに後退を遅らせる効果しかない。
龍皇女が頭上を仰げば、ヴラガーンの巨体が迫ってくる。暴虐龍の膂力を以てしても、強制送還に抵抗できない。
やがて、アリアーナとヴラガーンの躯体が衝突し、そのまま『扉』に呑みこまれていく。城門のごとき戸がゆっくりと閉じられ、『扉』自体も消滅する。
ほぼ同時に、セフィロト本社の次元障壁も修復を完了し、虚無空間に静寂が戻る。
僚機の残骸が漂うなか、目標を見失ったドローンたちは、ハエのように、イナゴのように、戦場だった空間をさまよい続けていた。
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