【第2部5章】戦乙女は、侵略にまみえる (7/16)【奇妙】
【肉薄】←
「がぎぎ……効いたのさ、いまのは」
「征騎士ロック・ジョンストンどの! 大事ありませんか!?」
「オマエな、オレの心配よりも敵の排除を優先するのさ! さっささっさとな!!」
リーダー格の甲冑の男は頭を振りながら立ちあがり、護衛兵は焦った声を張りあげる。
地表付近をホバリングするヒポグリフの背にまたがったアサイラとナオミは、敵の混乱を一目で見てとる。
「征騎士? ずいぶんとけったいな肩書きだろ……だが攻め時だ、アサイラッ!!」
「ああ……言わずもがな、か!」
アサイラは鷲馬の背から飛び降り、雪だまりのうえに着地すると、敵将のほうを見すえる。スプリントに移行しようと、前傾姿勢になる。
敵兵たちは自分たちのリーダーを守ろうと、蒼みがかった黒髪の青年の背にアサルトライフルの照準を向ける。
「雑兵風情がッ! させるわけないだろ!!」
ナオミは左手で手綱を操り、ヒポグリフを最小の旋回半径で反転させながら、右手で魔銀<ミスリル>製のハルバードを振りまわす。
上方向からのインタラプトを受けた敵兵たちは、あわてて有翼の騎兵に銃口を向けなおす。
──ズガガガッ!
アサルトライフルが火を噴き、頭上の鷲馬を狙う。赤毛の騎手は巧みにヒポグリフを操って上空を機敏に立ち回り、狙いを絞らせない。
「ウラアァァ──ッ!」
雄叫びをあげつつ、アサイラは仰々しいマントを羽織る敵将向けて駆けこんでいく。征騎士と呼ばれた甲冑男は、迎え撃つようにアサルトライフルをかまえる。
「ウラアッ!!」
走りながら黒髪の青年はヒポグリフ皮のコートを脱ぎ捨て、前方へ投げつける。敵将の視界が、一時的にふさがる。
「あがッ!? コイツな、戦いなれていやがるのさ!!」
ターゲットを視認できない状態のまま、征騎士と呼ばれた男はやみくもにトリガーを引く。フルオート射撃の銃弾が、ぶ厚い防寒具に無数の穴を穿つ。
ぼろきれと化したヒポグリフ皮のコートが、粉雪とともに風に流されていく。遮蔽の向こうに、黒髪の青年の姿はない。
アサイラは横方向にステップして、フルオートの銃弾がまき散らされる範囲外に逃れていた。
「すたこらさっさと間合いを詰める算段だったか? 蛮人にしてはやりやがるのさ」
「……チッ」
余裕を持った動きでアサルトライフルの弾倉を交換する敵将に対して、アサイラは小さく舌打ちをする。
相手に肉薄しきれなかった。己の拳の間合いには一メートル、いや二メートルほど足りない。
無論、足場の悪さを勘案しても、敵将の懐にもぐりこめる算段だった。いままでの戦闘ならば、届いたはずだ。だが、今回は違った。
(アサイラ、まだ身体が……?)
頭のなかに、リーリスの不安そうな念話が響く。その問いに、青年は返事をしない。
アサイラは懸念を振り払うように、ぶんぶんと頭を左右に振り、征騎士と呼ばれた甲冑男に対して左右の拳をかまえる。
「アサルトライフルとコンバットアーマー装備の相手に、薄着の徒手空拳で挑もうてか。蛮人ってヤツはイカレているのさ……オマエな、何者だ?」
銃口を向けなおす敵将の問いに対して、黒髪の青年は沈黙を守る。氷点下の風が、まつげを凍りつかせる。
「ずいぶんと奇妙な男なのさ。その身長は、ドヴェルグじゃあない。ヴァルキュリアなら背中に翼が生えているはずだし、そもそも連中は女しかいねえ」
フルフェイスの兜の下で、甲冑男が鼻で笑ったような気がする。
「殺すまえに聞いておきたいのさ。オマエな、通り魔みたいにほいさっさと乗りこんできて、なんなんだ。さては、次元転移者<パラダイムシフター>か?」
「……俺に、答える理由があるのか? そういうおまえのほうは、何者だ。ヴァルキュリアでもなければ、ドヴェルグにも見えない」
「オマエな、さっささっさと自分で言ってくれただろ? 答える理由はないのさ」
拳の間合いには遠く、銃火器の射程としては近すぎる距離を挟んで、二人の会話は終わる。両者のあいだに、殺気と緊張感が満ちる。
「征騎士どの──ッ!」
やや離れた陣幕付近の地点から、護衛兵の声が響く。突然に乱入してきた邪魔者を排除しようと、黒髪の青年の背にふたたび銃口を向ける。
「バッド! アサイラの邪魔はさせねえ……テメエらの相手は、ウチだろッ!!」
ヒポグリフを駆るナオミは、魔銀<ミスリル>製のハルバードを振りまわし、兜におおわれた側頭部へたたきつける。
「びグぼッ!?」
フルフェイスヘルムが大きくへこみ、敵兵の身体が揺らぐ。アサルトライフルの銃口から無数の銃弾が明後日の方向へと放たれ、渓谷の岩壁を削りとる。
「手応えありだろ、まずは、一人……んん?」
一瞬だけ必殺を確信した赤毛の騎手は、すぐ違和感に気づく。雪だまりのうえに倒れこむかと思った甲冑兵は、たたらを踏むようにしてバランスをとる。
兜の割れ目から血がにじみ出ている頭部を真上に向けて、空を舞う敵を見すえる。ナオミは、怖気を覚える。
魔銀<ミスリル>のハルバードの直撃を喰らったにも関わらず、相手の動きが鈍る様子はない。もう一人の甲冑兵も、仲間の負傷を気に止めすらしない。
「バッド! いまので死なねえどころか……効いてすらいないのか? さすがにタフすぎるだろ!?」
曇天の下の鷲馬に向かって、護衛兵たちが地表から対空十字射撃を放つ。赤毛の騎手は火線から逃れるように、ヒポグリフの翼を羽ばたかせて上空へと逃れた。
→【侮蔑】
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