【第15章】本社決戦 (15/27)【傲慢】
【社長】←
「グヌ……ッ」
アサイラが、うめく。いまにも折れそうな老いさらばえた五本の指が、若者の手首に喰いこむ。人間離れした膂力で、無理矢理に青年の手を引きはがしていく。
老体の全身につながれたチューブが、いっそうまばゆい輝きを放ちながら、死にかけた肉体に純粋なエネルギーを注ぎこんでいく。
「──ヌギイ!」
枯れた枝のような指を振り払いながら、アサイラは一歩、退く。『社長』に対してにらみ返しながら、身構える。
車いすのうえの老人が、ようやく青年に顔を向ける。視線の焦点が、アサイラを捉えているか、定かではない。
「げほっ、げぼお……ッ!」
突然、セフィロトの社長は激しくせきこむ。そのまま呼吸困難に陥って、息絶えそうな勢いの発作だ。だが、青年は警戒を解かない。解くことが、できない。
普段は沈着冷静なシルヴィアが、あそこまで取り乱した理由を、アサイラはわずかばかり理解する。底知れない『なにか』が、目の前にある。
ふたたび老人は顔をあげ、侵入者の青年をにらみつける。アサイラの額を、冷や汗が伝う。『社長』は、老いぼれとは思えない、尊大な気配をまとい続けている。
「儂が死んだら、若造……貴様は、どうなる?」
「──は?」
予想だにしていなかった内容の質問に、アサイラは思わず問いかえす。老人は、不機嫌を露わに目を見開く。
「くわア……ッ! 生き続ける、に決まっておろうが!! ぅげほ……げぼおッ」
発作を起こしてせきこみながらも、老木の虚穴のようにへこんだ『社長』の双眸は、眼前に立つ若者をにらみつづける。
──オオォォォ……ン。
車いすの老人の背後で、巨樹のごとくそびえ立つメインリアクターが、緑色の光を明滅させながら、鳴動する。
その駆動音は、『社長』に対する同意にも、あるいは単なる慟哭にも聞こえる。
「貴様だけでは、なかろう……そこの小娘どもも、恩知らずのシルヴィアも、この宇宙に存在する数多の次元世界<パラダイム>と生物は、生き続ける……」
嘆くように、老体は透明なドーム状の天井を見あげる。ふたたび顔をおろすと、血走った眼を見開き、アサイラを視線で射抜く。
「それが、許せぬ……なぜ、儂は死ぬのに、他は生き続ける? どうして、そのような理不尽が、この宇宙にありうる?」
「──意味が、わからない。おまえは、なにを言っているのか?」
老人の身から沸き立つ異様な気配に呑みこまれないよう、へその下に力をこめながら、対峙する青年は問い返す。
アサイラは、努めて平静を装うが、『社長』の真意はおろか、精神構造自体が読みとれない。しばらくして、老体はあきれたようにため息をつく。
「くわ……っ! その愚劣さよ。貴様らは、儂から受けた多大な恩義を忘れ去るどころか、その意味を理解すらできぬ有り様ときた……げほっ、げぼオッ!!」
ぞわり、と青年の背筋に怖気が走る。『龍剣』の柄を握りしめる手に、力がこもる。
金属室の床を這い回るチューブたちが、一斉にまばゆい輝きを放ったかと思うと、ぞわぞわとうごめき始める。
はじめ、アサイラは這根が自分に向かって襲いかかってくるものかと思う。脇構えから大剣で切り払おうと、腰を落とす。違う。
死病に冒された亡者たちの四肢がうごめくかのごとく、チューブの群れが立ちあがると、車いすのうえの『社長』に向かって殺到していく。
「どいつもこいつも、愚か者どもめが……この宇宙は、儂とともに死なねばならぬ。そんな単純なことが、なぜ理解できぬ……ッ!!」
青年は、目を見開く。セフィロト本社全体のエネルギーをまかなっているであろうメインリアクターから伸びた機械の根が、骨と皮だけの老体に巻きついていく。
やがて、『社長』はゆっくりと身を起こす。緑色の明滅を放つチューブが全身にからみつき、巨人のような体躯となった相手を、アサイラは見あげる。
「すべての次元世界<パラダイム>は、我が手で滅亡させる。邪魔なす賊は、一人残さず排除する。これぞ、儂──オワシ・ケイシロウの天命である!!」
「……常夜京で戦った、蛭の化け物と似ている、か?」
オワシ社長と対峙する青年は、これまでの旅路で培った戦闘経験を反芻しつつ、とっさに飛び退く。
自分の倍はあるだろう相手の四肢の間合いから逃れると、己の正中線に切っ先を重ねるように『龍剣』を両手で構える。
びくんびくんっ、と震えながら、老人に群がるチューブの群れは、人工的な筋肉と外殻をより強固に形成していく。
オワシ社張本人の姿は、もはや内側に取りこまれ、視認することはできない。巨人の頭に当たる部分が、口のように開き、そこから老体の声が響く。
『儂の生涯を通じてもたらした経済的発展たるや、どれほどのものであるか……理解できるか、若造ッ!!』
「……興味ないな、クソジジイ」
『くわ……ッ! その莫大な、天文学的規模を考えれば、万象は命を以て儂に恩を返すのが当然の道理だと、言っておる!!』
チューブの巨人が、右腕の先端に拳を形成し、眼前の若者に向かって降りおろす。アサイラは、どうにか反応して、真横に飛び退き回避する。
ずうぅんっ、と広大な社長室全体を振動させて、鉄拳の衝撃が響きわたる。
『──ッシャア! セフィロト社にたてつくものどもも、愚かだ……儂に任せておけば、すべて上手く行っただろうにッ!!』
路傍の石を蹴り除けるように、巨人のつま先が青年に迫る。アサイラは、大剣を手にしたまま前転して人型のチューブ群の股下をくぐり、攻撃をかわす。
青年が立ち上がり、ふたたび『龍剣』を構えるのと、巨人の姿となったオワシ社長が振り返り、向きなおるのは、ほぼ同時だった。
『若造──貴様もだ。我が天命に、必要だというのに……その身に余るほどの、栄光だというのに……ッ!!』
「謹んで、辞退申し上げておこうか。クソジジイ」
『くわアーッ! 貴様の意見など、聞いておらんわ!!』
巨人の外殻に身を包んだ社長は、チューブがより集まって構成された四肢を、かんしゃくを起こした子供のように振り回す。
アサイラは、紙一重で相手の動きを見切り、最小限の動きで攻撃を回避していく。若者の機敏な動きが、さらに『社長』の怒りをあおっていく。
「……狂っているのか、クソジジイ」
『ッシャア! 儂以外の、宇宙のすべてが狂っておるのだ!!』
「交渉の余地は無い、か……」
セフィロト社と対立してこそいるが、アサイラの目的は社長の打倒ではない。話し合いで目的を達成できるのならば、それに越したことはない。
だが、やはりと言うべきか、すんなりと物事は進まないようだ。オワシ社長なる老人の価値観は、あまりに常軌を逸している。
青年は両脚を踏んばり、大剣を肩に担ぐように構える。まずは、相手を無力化する。目的を達するための次の手は、そのあとで考える。
「ウラアァァーッ!」
雄叫びとともに、両手で握った『龍剣』の白刃が、水平方向に宙を薙ぐ。刀身が、持ち主の導子力──生命エネルギーである、蒼黒いほとばしりをまとう。
アサイラの斬撃が、社長を包みこむ巨人の左腕に命中する。手応えが、あった。ぶちぶちぃ、と音を立てて、筋繊維の代わりとなるチューブ群を引きちぎっていく。
「……グヌ?」
やがて、青年は眉をしかめる。大剣が、振り抜く途中で動きを止める。膂力を振り絞っても、巨人の前腕の半ほどから斬り進めず、また引き戻すこともできない。
巨躯を形作るチューブの再生速度に『龍剣』を巻きこまれて、アサイラはその場に動きを封じられる。予想以上の強度に、青年は相手をあおぎ見る。
『──ッシャア!』
羽虫を叩き潰すかのように、巨人の手のひらがアサイラに向かって力任せに振りおろされる。足止めされた青年になすすべなく、そのまま殴打の下敷きとなった。
→【死怪】
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