【第2部19章】終わりの始まり (2/8)【捕食】
【盟主】←
「驚いたな……簡易測定だが、この縦穴の深さは、天空城の高度とほぼ同値だろう」
白衣のプロフェッサーがヴァルキュリアの拠点の名をつぶやくと、輿のうえに鎮座する老ドヴェルグが少しばかり不機嫌そうに鼻を鳴らす。ロックは、同僚のわき腹を肘で小突く。
若い同族たちに担がれたグスタフ氏族長を先頭に、グラトニア帝国の面々は地下都市を通り、坑道を抜け、底も見えないほど深い縦穴を巡るように掘られた螺旋状の通路を下っている。
陥井の岩壁は、ところどころで星のような輝きを放っている。高純度の魔銀<ミスリル>鉱石が埋蔵されている証拠だ。深淵へ降るほどに地底の星々の数は増していく。
「昔、この『聖地』の天井は、空に向かって開かれておった。夏至になると、底まで陽光が届いたもんで……うぶぶぶ……あの美しい光景を、わしゃあ、よおく覚えている」
昔を懐かしむような言葉尻とは裏腹に、輿に鎮座する老ドヴェルグの声音には徐々に怒気が混ざっていく。
「それを、やっこどもが……あの煩わしい戦乙女どもが、空に居座ってドヴェルグを見下ろすようになって。戦が始まって……塞がざる得なかったもんで。うぶぶぶ……」
グスタフ氏族長は嗚咽をこぼし、黙りこむ。小山のごとき巨大な背中へ、グラトニア帝国の面々は冷ややかな視線を投げかける。
やがて一行は、縦穴の最深部へ到達する。魔銀<ミスリル>の輝きはますます密度を増し、光の届かない闇の帳も手伝って、もはや天地逆転した星空のうえに立っているようだった。
「……余は、踏みいるぞ。地底の民の長よ、かまわんな?」
「うぶぶぶ……そういう契約だもんで……」
グラー帝の言葉に対して、老ドヴェルグは不承不承うなずきをかえす。帝国の専制君主は、『聖地』の中心点へと大股で進んでいく。
ひときわ強い輝きを放つ地面に、右手のひらを押しあてる。魔銀<ミスリル>鉱の光が、おびえるように明滅する。
「貪れ、『覇道捕食者<パラデター>』」
グラー帝がつぶやくと、空間が、世界が、不穏にゆがむ。何かを味わうようにしばし目を閉じていたトーガをまとった偉丈夫は、立ちあがると臣下のもとへ戻っていく。
「次元同化現象を確認……これでグラトニアの総導子量は、第2フェイズ移行可能値を越えた。アーケディアを確保できなかったときは、どうなるかと思ったが……これならば覇道事業は、つつがなく次の段階へと進めるだろう」
ラップトップパソコン型のデバイスを開いていた白衣のプロフェッサーは、各種測定値を確認し、導子理論に基づく見解を口にする。
「うぶぶぶ……わしゃあ、約束を果たしたもんで……次は、そちらの番だ。戦乙女にしかける戦争への協力。違えるな……」
グスタフ氏族長は、恨めしげな鬱屈した感情を言葉ににじませ、うめく。グラー帝は、横柄な態度でうなずく。
「無論である。だが、そのまえに……」
妙な沈黙が地底の『聖地』に満ちる。グラトニア帝国の面々は無言で、しかし断固として、なにかを要求している。老ドヴェルグは、異郷の人間の求めるところを理解できない。
「なにしているのさ、氏族長サマ。さっささっさと、皇帝陛下に臣下の礼だ。この次元世界<パラダイム>は、名実ともにグラトニアの版図の一部となったんだからな」
「なにを……うぶぶぶ……言っているもんで、若造……?」
しびれを切らし、肩をすくめる征騎士ロックに対して、グスタフ氏族長はぎょろりと両目を見開く。
「話が、違うぞ……わしゃあ、対等な同盟と聞いたもんで……故郷の空を、戦乙女どもから取り戻すために。一族の悲願を……うぶぶぶ!」
「あー。オレな、そんなこと言ったかな? 過ぎたことは、ほいさっさと忘れちまうタチなのさ」
わざとらしく、すっとぼけた態度をとる征騎士ロックが、老ドヴェルグの神経を逆なでする。グラー帝が、つまらなそうに輿へと一歩近づく。
「汝、臣下の礼はどうした? 余は、気が短いわけではないが……グラトニア帝国皇帝として、礼を欠くものを看過することはできぬ」
「うぶぶぶ……騙したな、若造ども。戦乙女どもと同じように……わしゃあ、許さんもんで……ッ!」
「汝は、なにを言っている? いずれ全宇宙の次元世界<パラダイム>は、我のもとに統合され、我がグラトニアの版図の一部となるのだ。遅いか、早いか……一言以ておおうのならば、時間の問題である」
「うぶぶぶ。黙れ、黙れ……ッ! わしゃあ、誰にも屈せぬ。戦乙女にも、おまえたちにも、だ……こやつらを斬り捨てろッ!!」
こめかみに血管を浮かせた巨体の老ドヴェルグは、怒気に声を震わせて、自らの乗る輿を担いでいた側近たちへ異邦人の排除を命じる。
「ぶボっぐ!?」
しかし、苦悶の声をあげたのはグスタフ氏族長のほうだった。ドヴェルグの若者たちは、一糸乱れぬ動きで輿を投げ捨てる。足腰の立たぬ大入道の躯体が、地底に転がる。
老ドヴェルグは、困惑しつつも顔をあげる。もっとも信用のおけるはずの同族たちは、無感情な瞳で氏族長を見下ろし、懐からなにかを取り出す。
──カチャッ。
カマルク氏族の若者たちが手にしていたものは、ドヴェルグたちが作り出したものでもなければ、この次元世界<パラダイム>にも本来存在しないはずの武器……旧セフィロト社の技術<テック>をもとにグラトニア帝国で量産されたオートマチック・ピストルだった。
「驚いただろう、氏族長どの。きみの側近たちは、『脳人形』に作り替えさせてもらった。すでに、ぼくの分身のようなものなんだよ。ついでにカマルク氏族のドヴェルグの……そうだな。およそ半分も、だ」
グラー帝の横に並ぶ白衣のプロフェッサーは、眼鏡のつるを人差し指で押しあげる。岩肌のうえに這いつくばるグスタフ氏族長は、同族から銃口を突きつけられつつ、苦々しげに顔をあげる。
「やせっぽちめ……はじめから、カマルク氏族を裏切るつもりだったもんで……うぶぶぶッ!」
「裏切る、という言い方は心外だろう。ぼくたちは、グラー帝の侵略政策のために動いていたにすぎない……それに、きみが友好的な態度をとってくれれば帝国の家臣として、この土地を任せるつもりだってあったんだ」
白衣のプロフェッサーは、残念だ、と言わんばかりに肩をすくめてみせる。
「悪くない話だろう。だけど、御破算だ。『聖地』まで案内してもらえれば、氏族長どのは用済みだ……ああ、中身の話だ。外側のほうは、もう少し有効活用させてもらうよ……なあ、ロック卿?」
「了解なのさ、プロフ……『死禁錠<デス・ジェイル・ロック>』、解除」
「ごヴ……ッ!?」
征騎士ロックが、ぱちん、と指を鳴らす。同時に、グスタフ氏族長は全身をけいれんさせ、赤黒い血を吐き出す。巨躯がのたうちまわり、大陥井の底を揺らした。
→【冒涜】
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