【第2部28章】竜、そして龍 (3/8)【併走】
【離陸】←
「翼竜<ワイバーン>とて、言葉を使うなどという話は、聞いたことがないぞ。そのうえ、征騎士などという肩書きを誇らしげに口にするとは……翼竜モドキどころか、人間かぶれか?」
ヴラガーンは、苦々しくつぶやく。序列7位の征騎士を自称するプテラノドンは、じぐざぐの軌道を描きながら急上昇していく。
人間態のドラゴンは、自分のすぐ脇のジェット機を横目で一瞥する。浮いたとはいえ高度はヴラガーンの身長にも及ばす、速度は鈍重、よたよたとバランスもとれずに左右に揺れている。
「チィ……ッ!」
露骨な舌打ちを響かせたヴラガーンは、ひざを大きく曲げると、瞬間的にバネを解放する。コックピックのなかのフロルはもちろん、上空のプテラノドンからも、人間態のドラゴンの姿が、一瞬、消えたように見える。
「翼竜モドキめ、浅はかだぞ……翼のない相手ならば、空中戦で有利をとれるとでも思ったか?」
上昇気流を捕まえたはずの有翼恐竜は、とっさに首をうえへ向ける。圧倒的な身体<フィジカ>能力を使った跳躍で、高所を奪いかえしたヴラガーンの姿が、眼前にある。
「ドウ──ッ!」
戸惑うようなプテラノドンの頭部に向かって、人間態のドラゴンは勢いよく拳を振りおろす。頭蓋を砕くつもりだったが、手応えは妙だ。なにか、硬いものを殴りつけた感触が腕に伝わってくる。
「……ぬ?」
ヴラガーンは、いぶかしむ。皮や鱗、あるいは肉に拳を叩きつけたのとは、手応えが違う。人間態のドラゴンの拳と有翼恐竜の頭部のあいだに、冷たく、硬い、なにか透明な障壁のようなものがある。
「まるで、鉄か岩かを殴りつけたようだぞ。これは、まさか……氷か!?」
ひび割れが空中に走り、粉々に砕けた破片が四方へ飛び散る。プテラノドンは身をひるがえし、さらに上方へと逃れる。荒々しく鼻を鳴らすヴラガーンは、地面へ向かう落下軌道に入る。
腕を振って、叩き割った破片のいくつかを、つかみ取る。欠片は手のひらのなかで見る間に溶解し、水滴へと姿を変える。
「どうやら、氷で間違いないぞ。だが……なぜ、こんな高温環境で?」
着地地点を見極めながら、人間態のドラゴンは怪訝な顔をする。周囲は、熱波に包まれている。水が、自然に凍結できるような状況ではない。ましてや、あの有翼恐竜を守るように発生した。あきらかな作為がある。
「あの翼竜モドキ、魔法<マギア>の使い手か? いや……そんなわけは、ありえんぞ」
ヴラガーンは落下しながら、ぶつぶつとつぶやく。なるほど、魔法<マギア>ならば、灼熱のなかでも氷を産み出すこともできよう。しかし、人間態のドラゴンは、己の安直な思いつきを疑う。
魔法<マギア>を操るためには、高度な知性が必要になる。強力な魔術を行使しようとすれば、なおのこと。そもそも、ヴラガーン自身、魔法<マギア>は苦手分野だ。
言語を理解するとはいえ、上空のプテラノドンがそこまでの頭脳を獲得したとは考えがたい。ヴラガーンは、自分を討伐しようと挑んできた多くの魔術師が操る『障壁』の魔術の種々雑多な派生系を、単純な腕力のみで破壊してきた経験から、判断する。
「もしや……転移律<シフターズ・エフェクト>とかいうヤツか?」
どすん、と大きな音を立てて、人間態のドラゴンはアウトバーンのうえ、ジェット機のやや後方に着地する。高温環境で溶けかけのアスファルトに、両足がめりこむ。
フロルの操る飛行機は、まだ安定軌道といえるほどの状態には至っていない。有翼恐竜が、逆光を背負って迫ってくる。ヴラガーンもまた、高速道路上を走りはじめる。
「翼竜モドキは、征騎士を名乗った……征騎士は次元転移者<パラダイムシフター>のみで構成される、と小僧が言っていたぞ……」
離陸途中のジェット機を援護する人間態のドラゴンを警戒してか、プテラノドンはやや離れた地点に降下すると、そこから低空軌道の滑空に切り替えて接近してくる。
「なるほど……翼竜モドキは次元転移者<パラダイムシフター>で、言葉を解する程度に知能が向上した……と考えれば、つじつまはあうぞ」
ヴラガーンは、両脚の回転速度を増す。高度をあげようとする飛行機と、それを阻止しようと迫る有翼恐竜、さらにはアウトバーン上を疾走する人間態のドラゴンの三者が併走する。ふたたび熱波の中心へ近づき、ところどころアスファルトが炎上している。
「──ドウッ!!」
それ単独で大蛇のごとき威容を誇る龍尾を、ヴラガーンはプテラノドンの横面へ叩きつける。やはり、と言うべきか、透明な盾によって殴打の軌道がそらされる。
「ドウ……! ドウッ、ドドウ!!」
両脚の走行速度をゆるめることなく、人間態のドラゴンは巧みに龍尾を操り、有翼恐竜へ向かって連続して打撃を叩きつける。不可視の障壁にひびが入り、やがて粉砕せしめる。
透明な盾より生じた無数の破片を顔面に浴びて、わずかにプテラノドンは体勢を崩す。その隙を見逃さず、ヴラガーンは真横へ向かって強烈な跳び蹴りを放つ。
「ドオウッ!!」
「粋ガルナ……羽ナシ龍ガッ!」
「ク……ぐッ!?」
有翼恐竜は、身をバレルロールさせて跳び蹴りをかわすと、ワニのごとき顎で人間態のドラゴンの足首を挟みとる。さらにプテラノドンは回転を続け、遠心力を乗せて、口にくわえたヴラガーンをアスファルトへと叩きつける。どんっ、と轟音と衝撃がアウトバーンに響く。
「ふん……かゆいぞ、翼竜モドキ」
アウトバーン上に大の字で倒れこむ人間態のドラゴンは、涼しい顔で鼻を鳴らす。うしろ足の鉤爪で斬りつけようとする有翼恐竜の滑空攻撃を、ヴラガーンは難なく後転で回避する。
プテラノドンは放物線を描くように飛行すると、翼を羽ばたかせながら地表を見下ろし、ヴラガーンは立ちあがりながら拳を固く握りしめる。相対する両者は、同じ方向を横目で見やる。
フロルの造りだしたジェット機は、いまや十分な加速と高度を確保し、『塔』の方角へ向かって飛翔していく。有翼恐竜の表情はうかがえないが、人間態のドラゴンは、にやりと笑う。
「まだ、あの小僧を追うか? 行かせるつもりは、ないがな……こちとら、走り詰めで小腹が減った。翼竜モドキとはいえ、ウヌの肉でも腹の足しにはなろうぞ」
「ナルホド。龍ハ、龍トイウ……コト、カ。マア、イイ……ココデ我モ、主ト同ジ、『龍殺シ』トナルノモ、悪クハ、ナイ……」
「ほざけ、翼竜モドキが。冗談だというなら、笑えもせんぞ」
大きく翼を羽ばたかせるプテラノドンは、少年の操る飛行機に背を向けると、あらためて暴虐龍ヴラガーンと対峙した。
→【寒波】
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