【第2部26章】ある導子学者たちの対話 (4/16)【披露】
【旧知】←
──ズガガ、ガガガッ!!
通路を埋め尽くすほどの飽和射撃、進行方向が見えなくなるほどの銃弾の嵐をまえにして、ドクター・ビッグバンは泰然自若とした態度を崩さない。
白衣の老科学者に、弾丸が1発たりとも命中することはなかった。『状況再現<T.A.S.>』による演算を、行使したわけではない。
スクラムを組み、アサルトライフルを構えるパワードスーツ甲冑兵たちと、かくしゃくたる老人のあいだ、ほぼ真ん中に現れた大柄な白い影が、その身をもって命中軌道の鉛玉を受け止めていた。
「──……」
白い塊が無言のまま、ゆっくりと身をもたげる。1対の足、2本の腕……シルエットだけを見れば3メートル弱の人間だが、頭部にあたる部位には目も鼻も口もなく、のっぺらぼうだ。
白い人型に穿たれた無数の銃創から、ぽろぽろとライフル弾が排出され、床へと落ちる。体液のようなものが、滴る様子はない。身体に空いた穴が、みるみるふさがっていく。
「いかがかナ、モーリッツくん? このワタシの自信作だ。キミと会えると思って、持ち出したものだ。ララにも、まだ見せていない。旧セフィロト社の同僚は、もってのほかだ。社長がもっとも嫌う「金にならない研究」だからね。なんとなればすなわち……今回が、お披露目ということになる!」
『なんだ、これは……到底、理解できないだろう……ッ!』
館内放送スピーカーから、呆然とした声音が響く。同期したかのように、パワードスーツ甲冑兵たちからも、わずかに動揺したかのような気配が漂う。
敵の隙を関知したのか、白い人型が走りはじめる。ドクター・ビッグバンが、距離を保ったまま追従する。
不可思議な塊が、勢いを乗せた蹴りを放つ。前列の兵士の首がひしゃげ、後列を巻き添えにしてふっ飛ばされる。右の拳は横の甲冑兵を殴りたおし、左手がフルフェイスヘルムにおおわれた頭部をつかむと、周囲を巻きこみながら振りまわす。
またたく間に封鎖線を壊滅させると、ドクター・ビッグバンは歩調をゆったりと緩めながら、監視カメラを見あげる。同調するように、白い人型も頭部をもたげる。スピーカーからの声はない。
「なんとなればすなわち、質疑応答のまえに解説が必要かナ。まず大前提として、人間型生命体の活動に適した一般的な次元世界<パラダイム>の大気成分において、窒素の締める割合がもっとも多い……」
『……なにをあたり前のことをッ! ハイスクールレベルの知識だろう!? ボクのことを、バカにしているのかッ!!』
館内放送越しに、はっ、と我に返ったような声が響きわたる。ドクター・ビッグバンは、直立する白い人型の肩を叩き、講釈を再開する。
「生命体の組成であるタンパク質の合成には、炭素、酸素、水素、そしてなにより窒素が必要となる。なんとなればすなわち、理論上、大気中から生命の材料を集めることが可能、ということになるかナ」
『なんの話をしている……『ドクター』ッ!?』
「世界が、宇宙が、悠久のときを経て産み出した『生命』という高精度導子体を、人の手で改めて作り出し、追試する……これは多くの科学者が夢想する至上命題のひとつではないかナ……ゆえに、このワタシは名付けた。『暫定解答<ハイポセシス>』とッ!!」
ドクター・ビッグバンは胸に手を当て、高らかに声をあげる。かたわらの有機物塊が、白衣の老科学者の動きをトレースする。
「ミュフハハハ! なんとなればすなわち、『暫定解答<ハイポセシス>』は材料を現地調達し、ゼロから産み出される人工生命体というわけかナ!!」
『ぼくを、ここまでバカにして……わざわざ技術力の差を見せびらかすためだけに、貴方は『塔』に乗りこんできたのだろうッ!?』
感極まった様子のドクター・ビッグバンに対して、スピーカーから歯ぎしり混じりの低い声が聞こえてくる。かくしゃくたる老人の表情が、一瞬で冷静なものに戻る。
「それは誤解だ、モーリッツくん。『暫定解答<ハイポセシス>』という名が示すとおり、これは至上命題に対する模範解答にはほど遠い……導子エネルギーは現地調達ではまかない切れず、核熱球に頼っている。それに……」
『黙れ、黙れ黙れ……! いつだって貴方は、そうやってバカにしているだろう……セフィロト社時代も、ほかの研究員に隠れてあんな艦を建造したばかりか、こんなわけのわからない研究もしていたのか!? せめて、ぼくの事業の邪魔立てだけはやめてくれ……ッ!!』
館内放送の向こう側から、だんっ、とヒステリックに机を叩く音が聞こえてくる。ドクター・ビッグバンは、監視カメラに向かって目を細める。
「……ひとつ訂正させてもらうかナ、モーリッツくん。なんとなればすなわち、このワタシにキミを愚弄する意図はない。その資格もない」
『嘘はやめろ! 貴方の言葉は、到底、信用できるものではないだろう!!』
「……そもそも、このワタシは腹芸が苦手だ。得意であれば、社長との折衝に苦労することもなかったかナ。デズモントの助け船に、なんど救われたことか……」
ドクター・ビッグバンは、ふう、とため息をつく。スピーカーからの返事はない。かわりに、ふたたび敵兵の一団が通路の角から姿を現す。さすがはグラトニア帝国の中枢といったところか、まるで無尽蔵だ。
「……だが、なんとなればすなわちッ!」
白衣の老科学者は、『暫定解答<ハイポセシス>』とともに敵陣に向かって駆けはじめる。白い人型が、先頭のパワードスーツ甲冑兵を殴り倒し、進路をこじ開ける。
一瞬だけ乱れた戦線をドクター・ビッグバンが走り抜けると、『暫定解答<ハイポセシス>』は、老人のあとを追いかけるように進む、後方から掃射されるフルオート射撃を、白い背を盾にして受け止める。
「先ほどからの兵士たち、ただの精鋭というわけではないようだ……動きが精緻かつ適切な反面、同一パターンで多様性に欠けている……なんとなればすなわち、モーリッツくん! キミの研究成果が、どのような形で反映されているのかナ? じつに興味深い!!」
白衣の老科学者は、人間の形をした有機物塊を引き連れ、グラトニア帝国の中枢である『塔』の通路を、ひた走る。
正面突破というドクター・ビッグバンの行動に虚を突かれたパワードスーツ甲冑兵たちは、隊列を整えなおすと、アサルトライフルの引き金を絞りながら追跡を開始した。
→【均質】
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