【第2部26章】ある導子学者たちの対話 (7/16)【変造】
【群脳】←
「征騎士……それも、3名も? なんとなればすなわち、このワタシをそれだけ高く評価してくれているのは嬉しいが、グラトニア帝国軍が多方面に展開している現状において投入する戦力としては、いささか過剰ではないかナ?」
『こちらの心配をしている余裕など、到底、ないはずだろう。『ドクター』ッ!』
「少なくとも、このブロックの制御権限は掌握しているかナ。なんとなればすなわち、籠城戦となるのは、このワタシとしても望ましくはないがね」
館内放送相手にせわしなく会話を交わしながら、ドクター・ビッグバンはキーボードから制御システムへ隔壁封鎖のコマンドを入力しようとする。
──ドジュウッ!
白衣の老科学者が、なにかを察知したかのようにコンソールから手を離し、一歩退いたのと同時に、まばゆい熱線が部屋に飛びこんできて液晶モニターを焼く。
「……レーザー兵器かナ!?」
ドクター・ビッグバンは身をひるがえし、燃えあがるインターフェイスに背を向けると、ひしゃげたスライドドアのまえに立ちふさがる白く大柄の人型へと視線を向ける。
監視システムから得られた情報によれば、3人の征騎士とは、まだ距離がある。奇妙なのは、それだけではない。
室内へと光条を撃ちこむための隙間は、わずか。さらに制御室の扉の対面は、壁だ。如何に精緻な技量の持ち主であっても、そもそも射戦が通らぬとあれば狙撃など不可能なはずだ。
「レーザーの軌跡を、ねじ曲げでもしなければ……光、屈折……なんとなればすなわち、まさか!?」
白衣の老科学者は、きらきらと輝きを反射する微細な粒子が、暗い室内に漂っていることに気がつく。『暫定解答<ハイポセシス>』が円筒シリンダーは破壊しつつ、室内に突っこんできて、ドクター・ビッグバンを押したおす。
──ドジュジュウッ!!
刹那、ジグザグに乱反射する熱線が白衣の老科学者の頭部があった場所を通り過ぎ、導子コンピュータの筐体を横薙ぎにする。精密機械がスパークし、火を噴き出す。
『制御システムは破壊した……これでは、籠城戦すら到底かなわないだろう! さらに後悔する時間すら与えるつもりはないぞ、『ドクター』ッ!!』
スピーカーから、昂揚した声が早口で聞こえてくる。ドクター・ビッグバンは返事をする間もなく、白い有機物塊とともに制御室の外へ転がり出る。部屋のなかと同様、通路にも光を反射する粒子が浮揚している。
白衣の老科学者は、歯ぎしりする。この微細な浮遊物には、見覚えがある。実物ではなく、戦闘記録のデータで確認したものだが、間違いない。
「デズモンドが、アストラン鋼野で交戦した征騎士の転移律<シフターズ・エフェクト>……なんとなればすなわち、『光塵乱舞<ダスト・ダスト・リフレクション>』かナ!?」
通路の奥で、きらりと光点がまたたく。次の瞬間、レーザーが空間全体を目一杯つかって屈折をくりかえしながら、白衣の老科学者のもとへと迫る。
「──……ッ!」
大柄な白い人型が、ドクター・ビックバンにおおいかぶさる。殺意の光条が、『暫定解答<ハイポセシス>』の背に焼き傷を刻みこむ。
『どうした、『ドクター』!? そのザマでは、到底、籠城戦とすら言えないだろう!!』
創造主の肉体を包みこみ、丸まった有機物塊に対して執拗にレーザーが浴びせられる。アンモニアを思わせる悪臭が、通路に漂う。『暫定解答<ハイポセシス>』は、自身の肉体を再構築しようと大気成分を吸収する。
『ふん! 到底、無駄だろう……再生速度よりも、『光塵乱舞<ダスト・ダスト・リフレクション>』の連射回数のほうが上まわっているぞ!!』
数秒おきに放たれるジグザグの光条が、様々な角度から同一の着弾地点に注がれ、確実に白い肉を削りとっていく。
やがて、人造有機物の内側から金属質の部品──動力源である核熱球が露出する。館内放送ごしに、興奮した荒い吐息が聞こえてくる。
『ここまでだ、『ドクター』……貴方の友人風に言うならば、チェックメイトというやつだろうッ!』
核熱球を破壊すれば、あふれ出した余剰エネルギーで白衣の老科学者の肉体も燃え尽きる。とどめを刺さんと、離れた地点から最後の光条が放たれる。
「ノンかナ、モーリッツくん。スティルメイトには、まだ早い……導き出せ! 『状況再現<T.A.S.>』ッ!!」
迫り来るレーザーが『暫定解答<ハイポセシス>』の動力機関を貫こうとした瞬間、あらぬ方向へと反射する。光条は、空間をさまようように屈折を繰り返したかと思うと、通路の奥へと飛び去り、周囲に静寂が戻る。
「なんとなればすなわち、核熱球が露出すれば、確実に狙ってくると思ったからね。着弾点がわかっていれば、演算のファクターを大きく絞ることができる。そのタイミングで、レーザー攻撃を誤反射させてもらったかナ……」
ドクター・ビッグバンは、白い有機物塊が傷口を再生していく様子を一瞥すると、立ちあがり監視カメラを見あげる。館内放送ごしの返事は聞こえてこないが、張りつめた緊張感だけは伝わってくる。
「……そして、いまの転移律<シフターズ・エフェクト>は、デズモンドが確実にしとめた征騎士の能力だった。彼は、戦った相手の生死を見誤るような男ではない。なんとなればすなわち、ここから導き出される結論は、モーリッツくん……なんらかの方法で、死体をリサイクルしたのかナ?」
『……正解、というべきだろう』
小さな舌打ちとともに、スピーカーから短い返答が戻ってくる。白衣の老科学者は、にい、と口角を吊りあげる。
『だが決着には、到底、ほど遠い……貴方とて、わかっているだろう。ぼくの側には、3人の征騎士がいるということをッ!』
館内放送から、咆哮が響く。ドクター・ビッグバンは、制御室で見た自分のもとへ急行する3人の征騎士の姿を思い起こす。7割がた再生を終えた『暫定解答<ハイポセシス>』が、立ちあがる。
一瞬の静寂ののち、レーザー攻撃の飛来した方向とは反対側から、耳をつんざくばかりの轟音が響いてきた。
→【半々】
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