【第2部31章】落ちてくる、この空の下で (11/24)【供犠】
【惑乱】←
『それはそうと……ダンスを再開するまえに、ひとつ、質問ですわ。あの男、グラー帝は、いったい何者なのです?』
龍態のクラウディアーナが、重々しい気配をともなって問う。『魔女』は、片腕をもがれた激痛に耐えながらも、敵愾心をむき出しにして、にらみかえす。
「あの御方は……この宇宙に存在する、すべての次元世界<パラダイム>の頂点に君臨する……偉大なる、覇者なので……」
「グリン。そーいうタテマエは、どうでもいいのだわ」
三つ編みの女の言葉をさえぎるように、黒翼を広げたリーリスが口を挟む。『淫魔』の緑色の瞳が、妖しい輝きを放つ。
「私たち、そろそろ打ち解けてきた頃合いじゃない? あなたの本音を聞かせてちょうだい……なんなら、精神を無理矢理ファックして、記憶の家捜ししてやってもいいのだわ」
ゴシックロリータドレスの女は、にたりと笑う。エルヴィーナは、額に脂汗を浮かべつつ、弱々しいため息をつく。
「いいでしょう。この程度のことを、話しても……いまさら、結果がくつがえることなど、ありえないので……」
消え入りそうな声音で言葉を紡ぐ『魔女』に対して、白銀の上位龍<エルダードラゴン>は6枚の龍翼を展開し、顎を開いた体勢を構える。
三つ編みの女が不穏な動きを見せた場合、即座に吐息<ブレス>か魔法<マギア>で対応する。自害しようとするならば、治癒魔術を行使し、死ぬことも許さない。
一方の『淫魔』は、『魔女』の瞳を凝視し続ける。精神感応能力は、シンプルな嘘発見の手段として、尋問において有効に機能する。
リーリスとクラウディアーナが、内心、息を呑むなか、ゆっくりとエルヴィーナは唇を動かす。
「グラー帝は……わたシが作り、育てた……理想の転移律<シフターズ・エフェクト>を持つ、次元転移者<パラダイムシフター>なので……」
『……『淫魔』?』
「嘘は、ついていないのだわ……いまのところ」
白銀の上位龍<エルダードラゴン>のアイコンタクトに返事をしたゴシックロリータドレスの女は、しかし『魔女』の言葉を聞いて、眉根を寄せる。龍態の顔で判別しがたいが、龍皇女も同様だ。
「グリン……だとしても、話の頭から、わけがわからないのだわ。転移律<シフターズ・エフェクト>なんて、個人の性向が影響するとはいえ、どんな能力が発現するかなんて、フタを開けてみるまでわからないじゃない」
『理想の次元転移者<パラダイシフター>、という言いまわしも不可解ですわ。なにをもって、理想とするのか……単純な強さというのならば、あの皇帝とやらは、確かにそうですが』
苦悶の表情を浮かべる三つ編みの女は、そんなこともわからないのか、と言いたげにため息をつく。
「だから……グラー帝の素体を用意するのには、苦労したので……結局、セフィロト社在籍時代のプロフに、人体実験用の赤ん坊を横流ししてもらいました。数は……最終的に、1万ほどだったか……」
リーリスとクラウディアーナの表情が、いっそう険しくなる。不可解を通り越して、嫌悪感が露わになる。
「ちょっと待つのだわ……グラー帝になった以外の9999人は!? そもそも、次元転移者<パラダイムシフター>を作る、ってどうやって……」
あきらかに動揺した声音の『淫魔』に対して、龍皇女の瞳には沈痛な、それでいて落ちついた色が宿る。
『聞いたことがありますわ……古代グラトニア王国は、人為的に次元転移者<パラダイムシフター>を産み出す儀式魔術を持っていた、と。そのために造られたのが……』
「そう……現在となっては、本来の名も忘れられた『遺跡』なので……あの内側に、1万人の赤ん坊を放りこみました……」
エルヴィーナは、白銀の上位龍<エルダードラゴン>を一瞥すると、小さくうなずく。リーリスとクラウディアーナは、息を呑む。
「1万人のなかから、次元転移者<パラダイムシフター>に覚醒したのは……100人ほど。そのなかから……古代グラトニアの建国王と同じ転移律<シフターズ・エフェクト>──『覇道捕食者<パラデター>』を獲得した1人の赤ん坊を、グラー帝として育てたので……」
「グリン。ほかの赤ん坊たちは……って、聞くまでもなさそうだわ……」
「ええ……不死を実現できるロックと、広域集団洗脳が可能なアウレリオは、使い道がありそうなので、生かしました……ほかは、いくらでも替えの効く、不要な異能だったので……」
ゴシックロリータドレスの女は、露骨な嫌悪感を顔に浮かべる。『魔女』の言葉をさえぎるように、龍皇女が口を開く。
『仔細、理解しました。皇帝の側仕えの女、そなたは危険な存在ですわ。我がフォルティアはおろか、全宇宙を蝕みかねない……いま、確実に、この場でとどめを刺します』
「グリン! 待つのだわ、龍皇女!! グラー帝を作った手段はわかったけど、まだ、その目的も聞き出していないし、なにより、そもそも何者なのか『ドクター』に分析させるから、せめて生け捕りに──ッ!?」
「わたシとしても……これ以上、話すつもりはないので……」
龍態のクラウディアーナが、顎を開き、のどの奥に収束する魔力の光が見える。リーリスは、白銀の上位龍<エルダードラゴン>に思いとどまるよう主張しながら、エルヴィーナのほうを見る。
ゴシックロリータドレスの女は、一瞬、我が目を疑う。『魔女』は、人差し指と中指を伸ばし、躊躇することなく自身の両目を刺し潰した。
「なにやってるのだわ!? 私の幻覚対策だとしても、そんなことして──ッ!!」
『ルガア──ッ!!』
龍皇女の口腔から、白光の吐息<ブレス>が放たれる。三つ編みの女は、ひらりと空中で身をひるがえし、まるでクラウディアーナよりも光条の軌跡を理解しているかのごとく、悠々と回避運動をとる。
「グリン……! なんらかの魔法<マギア>で、視力を代替しているのだわ!?」
『どうやら違うようですわ。あまりにも、よく『見』え過ぎている……まさか、こんな隠し玉を持っていたとは……』
「年増の白トカゲは、察しがいいようなので……」
エルヴィーナは頬を大きく膨らませると、胃液にまみれた球形の物体を吐き出す。リーリスには、見覚えがある。
「あーっ! 私の『天球儀』だわ!? どこに行ったかと思っていたら……まさか、グラトニア帝国が、次元転移ゲートを運用できていたのって……!!」
「もとより、あなタの所有物というわけでもないでしょうに……ともかく、これをドロボウ猫が手放してくれたおかげで、もろもろをスムーズにこなすことができたのは事実なので……」
『なんてことをしてくれたのですわ! 『淫魔』ッ!?』
「あれは、不可抗力だわ! というか、あのとき龍皇女が回収してくれたって、よかったのに!!」
顔を突きあわせて、唾を飛ばしあうリーリスとクラウディアーナを包みこむように、触手の球が召喚される。異形の集合体は、ふたりを呑みこもうと、見る間に直径を縮めていく。
「く、ぐっ、『光牢』の……魔法<マギア>ッ!」
触手との接触を避けるため、体積を減らすべく人間態へと変じた龍皇女は、素早く魔術を発動する。方形の光が、背中合わせのリーリスとクラウディアーナを包みこみ、輝きの向こう側で、じゅうと肉の灼ける音が響く。
「これは、本来、敵を閉じこめるための魔法<マギア>であって、防御のために使うのは想定外ですわ……それでも、これで少しは時間を──」
「──稼げないみたいだわ。龍皇女」
光の結界の内側に、超常の小さな肉坑が開き、極彩色の粘液をしたたらせた大蛭が這い出てくる。とっさに龍皇女は『光牢』の魔法<マギア>を解除する。
ばらばらと宙に散らばる異形の群を、ふたりの女は、じぐざぐに旋回しながら必死に回避する。かつてリーリスが所持していた『天球儀』のおかげか、『魔女』の攻撃精度と速度は、いまや大きく上昇している。
「グリン……龍皇女! あなたの魔法<マギア>で、私の視線を『天球儀』とつなげるのだわッ!!」
小刻みな方向転換を繰りかえし、ぶよぶよと膿汁を含んだ肉片をかわしながら、ゴシックロリータドレスの女が叫ぶ。純白のドレスの龍皇女が、人間態の顔を向ける。
「勝算はありまして!? 『淫魔』ッ!!」
「ぶっちゃけ、幻覚に捕らえるのは無理だけど……相手の攻撃の照準だったら、読めるのだわ! なんにもないよりは、マシでしょ!?」
リーリスの額に浮かんだ冷や汗が、風圧に流される。『魔女』は、腕の切断面と両眼孔から、腐肉の断片と汚汁をしたたらせつつ、嗜虐的な笑みを口元に浮かべていた。
→【船守】
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