【第2部23章】世界騎士団 (4/4)【殿軍】
【樹術】←
「グヌ……ッ」
アサイラは、うめく。弾道軌道を描きながら肉薄する対艦ミサイルを恐れたためではない。次元巡航艦を両脇から挟むようにまばゆい緑色の閃光がほとばしる。
5発の大型ミサイルは、『シルバーブレイン』の船体には着弾しなかった。右舷側から飛来した2発は、文字通り山のような体躯を持つ単眼巨人<サイクロプス>が、身を盾にして受け止めていた。
左舷側より迫った3発は、稲妻のような軌道を描く光の筋によって一瞬のうちに迎撃され、空中で爆散した。それが空駆ける天馬<ペガサス>の引く古風な二輪戦車だと、アサイラは遅れて気がつく。
次元巡航艦を護ったふたつの存在が『伯爵』の行使した召喚術に類する魔法<マギア>によって呼び出されたものであることは、知識のない黒髪の青年にもなんとなく理解できた。
「『力<ストレングス>』は、ユグドラシルの神話に語られる鍛冶職人にして、戦士。『戦車<チャリオッツ>』も同じく、神話上の戦争において武勇を讃えられる英雄。そして──ッ!!」
燕尾服の伊達男は、自身の周囲を旋回する漆黒の呪符のなかから、さらに3枚を選びとる。
「──召命に応じよ! 『魔術師<マジシャン>』、『正義<ジャスティス>』、『皇帝<エンペラー>』ッ!!」
丈の短い草原のうえに緑色の光の粒が舞い、やがて3つの人影を形作る。
ひとりは、深緑色のローブをまとい古木より削り出された杖を手にする魔法使い。もうひとりは、鎖付きの鉄球を握りしめる屈強なる闘士。最後のひとりは、精緻な細工の施された鎧を身にまとい、長銃と大盾を手にした威厳あふれる将。
『これが、デズモンドの本当の転移律<シフターズ・エフェクト>かナ。それとなく話には聞いていたが、実物を見ることがかなうとは思ってもないかった』
通信機越しに、ドクター・ビッグバンの好奇心を抑えきれない声音を聞く。『伯爵』は、少しだけ誇らしげな表情を浮かべながら、自慢のカイゼル髭を指でなぞる。
「いかにも、ドク……我が『世界騎士団<ワールド・オーダー>』は、死してなお母なる世界樹とともにあることを良しとしたユグドラシルの英雄たちを召喚するものだ。そして……」
シルクハットの影で目を見開いた伊達男は、戦士の眼光で前方をにらむ。上空には戦闘機、地上には戦車と歩兵、無尽蔵とも思える帝国軍の増援がわらわらと『シルバーブレイン』へ迫ってくる。
「……グラトニア帝国の次元侵略という暴挙は、当然、我がユグドラシルの危機でもあるかね。我輩と世界樹の英雄たちが戦うに、十分な理由となるッ!」
召喚主である『伯爵』の言葉を号令に、現出した英雄たちが一斉に動きはじめる。『魔術師<マジシャン>』が短い詠唱とともに、古木の杖を振るう。深緑のローブのフードがはだけ、長い耳の伸びる頭部が露わとなる。
「『魔術師<マジシャン>』は、エルフ族の輩出した大魔法使いだ。次元転移者<パラダイムシフター>でもあり、様々な次元世界<パラダイム>を巡って多種多様な魔法<マギア>を学び、故郷への帰還後、樹術の基礎を構築した……」
燕尾服の伊達男が、どこか感慨深げにつぶやく。『魔術師<マジシャン>』の意志に応じて、雷鳴が響き、竜巻が現れ、木の葉を吹き飛ばすように戦闘機を呑みこんでいく。
「『正義<ジャスティス>』は、ドワーフ族出身の闘士。数々の武勲をあげた男だが、なかでも主君の過ちを正すため、たったひとりで千の軍勢のまえに立ちふさがった逸話が広く知られている……」
小柄ながら、全身これ筋肉と言わんばかりの屈強な闘士が、先端に鉄球のついた長い鎖を振りまわす。竜巻にも負けぬ風切り音を立てて、アサルトライフルを装備した帝国の甲冑兵たちを、発砲する間も与えず鉄鎖でなぎ払っていく。
「そして、『皇帝<エンペラー>』。戦乱にあったユグドラシル諸国を、マスケット銃士の大隊を率いて平定した勇敢なる王だ。戦場にあってはみずから先陣を切り、決して配下を見捨てることはなかったという……」
転倒した友軍の歩兵たちを無限軌道で踏みつぶしながら、ドワーフの闘士へ迫り来る戦車に対して、武王は大盾を掲げながら突っこんでいく。搭載機銃の弾丸をはじき返し、数十トンの重量を誇る戦闘車両を大盾で抑えこみ、両者の動きは拮抗する。
左手の大盾で重戦車を押しとどめつつ、『皇帝<エンペラー>』は長銃の引き金に右人差し指をかける。強い魔力を帯びた一条の閃光が銃口から走り、戦闘車両のぶ厚い装甲を容易くつらぬく。
「ふむ……偉大なるユグドラシルの英雄たちを顎で使い、後方でふんぞり返っていたとあっては、父上はじめ先祖たちに面目が立たないかね。そろそろ、我輩も戦線に復帰するとしよう」
己の足場となっている巨大な根を操り、『伯爵』は地表へ向かおうとする。手にした小枝を握りなおすと、緑色に輝く純エネルギーの刃を再形成する。
「よし、俺も……!」
「待て」
逆手でシルクハットを抑える伊達男は、後方のアサイラへ振りむく。跳躍体勢をとろうとしていた黒髪の青年は、思わず身をこわばらせる。
「アサイラ、貴公は体力を温存したまえ。眼前の戦場は、いわば前哨戦。倒さねばならない本命は、この先に控えている」
「グラー帝……か。そこまでの実力なのか?」
「ふむ、強い。いまの我輩すら、優に上まわるほどだろう」
黒髪の青年は、思わず言葉に詰まる。半年まえ、旧セフィロト本社で対峙した『伯爵』は、間違いなく強かった。その伊達男が、しかも当時以上の実力を取り戻した現状でも、なお「強い」という。
「雑兵たちは、我輩と『世界騎士団<ワールド・オーダー>』が引き受ける……召喚魔術ならば、数の不利をくつがえすことも可能だと、貴公も存じているのではないかね?」
アサイラはうめき、『伯爵』にうなずきを返す。伊達男はカイゼル髭を指先でなぞりながら、にぃ、と笑みを浮かべる。
黒髪の青年は、燕尾服の背を見送る。『伯爵』の操る巨大な根が戦車の横腹に体当たりして、擱座させる。伊達男本人は、『正義<ジャスティス>』と『皇帝<エンペラー>』と肩を並べて、地上部隊に立ち向かう。
『魔術師<マジシャン>』の操る天変地異をくぐり抜けた戦闘機が次元巡航艦に向けて放つ機銃掃射を『力<ストレングス>』が身を盾にして防ぎ、空対空ミサイルは天馬の引く『馬車<チャリオッツ>』が瞬く間にたたき落とす。
『わあっ! レーダーに感あり……後方から、また敵増援ということね!!』
導子通信機から、ララの報告の声がアサイラの耳道に響く。黒髪の青年は、とっさに船尾方向を振りあおぐ。
地平線の上下に、航空機と戦闘車両とおぼしき無数の黒点が広がり、次元巡航艦をおいすがってくる。アサイラは苦々しげに歯噛みしつつ、うめく。
「グヌウ……きりがない、か!」
「いや! 方角に注目したまえ……後方からだ。つまり貴公らの進軍路をふさぐ戦力は、あらかた片づけたということになる……好機ではないかねッ!!」
純魔力によって形成した刃で帝国甲冑兵を斬り伏せながら、『伯爵』は艦上に向かって声を張りあげる。
召喚主の意志に応じて、最初に召喚された単眼巨人<サイクロプス>が手にした鉄柱を前方へ振りおろす。圧倒的な体躯と膂力によって放たれた一撃は、戦闘機を粉砕し、戦車を叩き潰し、地震のごとく大地を鳴動させる。
『道は開かれたかナ! なんとなればすなわち……全速前進だッ!!』
艦橋でドクター・ビッグバンの張りあげた号令が、通信機越しに聞こえてくる。速度を増す『シルバーブレイン』の上部甲板から、アサイラはシルクハットの伊達男のほうを見やる。
帝国の増援を迎え撃つように『世界騎士団<ワールド・オーダー>』を率いた『伯爵』は、丈の短い草原のうえを次元巡航艦の進行方向とは逆へ駆けていく。
「死ぬな! 『伯爵』ッ!!」
「ふむ……貴公も!」
黒髪の青年とカイゼル髭の伊達男は、互いに言葉を交わしあう。空を駆ける銀色の艦は、グラトニア帝国の中心にそびえ立つ『塔』へ向かって飛翔した。
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