【第11章】青年は、草原を駆ける (4/4)【疾駆】
【対峙】←
10メートルまで距離を詰めたラルフが両手で拳銃をかまえる、その瞬間──
<Alert>
『重双義腕<アームドアームズ>』が、骨伝導で警告メッセージを伝える。左側から、高速かつ高質量の動体反応が接近。直撃すれば致命的ダメージの可能性。
「なにィ!?」
機械の双腕が、ラルフの身を守ろうと自律行動をとる。片腕では衝撃を受けきれないと判断し、両腕を交差したクロスガードの体勢をとる。
「グゥ……ううッ!!」
高層ビルの鉄筋を叩きつけられたかのような衝撃が、真横からラルフの身を貫く。スキンヘッドの巨漢はたたらを踏み、どうにか耐える。
双腕が角度を精密に算出し、衝撃を斜め上へと逃がす。ラルフは視界の端に、質量体の正体を見る。
「なかなか、どうして……生命力もトカゲ並か、と!!」
それは、殺したかと思っていたドラゴンの尾の一撃だった。ラルフとドラゴンの一対一であれば、無駄なあがきとなっただろう。
しかし、いま、ラルフの眼前にはイレギュラーがいる。
「……速い!!」
ターゲットである青年は、刹那の隙をついてスプリントし、ラルフのふところに踏み込んでいた。
「──ウラアッ!!」
イレギュラーは雄叫びをあげつつ、速度を乗せた右ストレートをラルフの正中線に叩きこむ。
「オグわ──ッ!?」
大砲を受け止めたかのような衝撃を受けて、そのまま、ラルフは後方へ30メートルほど吹っ飛ばされる。
草原の上に、仰向けに倒れ込み、即座に立ち上がろうとする。できない。
「……ぅげホッ!!」
排水口からあふれる汚水のように、ラルフは大量の吐血をする。身体が動かない。イレギュラーの拳で、心臓が破裂した。そう直感する。
ラルフは、まだ動く機械の腕で迷彩ジャケットの内ポケットをまさぐる。お守り代わりに仕込んでいた故郷の写真を取り出し、見る。
「戦って、生き延びて……戦って、生き延びて……いつかは、故郷に帰れるものだと思っていたが……なかなか、うまくは行かないものだな……と」
視界がかすむ。ターゲットが近づいてくる足音が、かろうじて聞こえてくる。ラルフは、まぶたを閉じた。
「もう一度……兄弟たちと……家の裏の小川で……釣りが、した、かっ、た」
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黒髪の青年──アサイラ・ユーヘイは、セフィロト社のエージェントの腕が静止したのを確認して、自らの足を止めた。
振り返れば、巨大なドラゴンの屍体が転がっている。見開かれた瞳は濁り、すでに生命の輝きを失っていた。
アサイラは、馬の鳴き声を聞く。戦場から離れていた馬が、心配そうに戻ってきた。あの村の住人は、賢い騎馬をゆずってくれた。
馬は、アサイラの前を横切ると、龍の死体に対面した。馬は、龍に対して頭を垂れる。
村の住人の一人が、「この世界の生物は、すべからくドラゴンに敬意を払う」と言っていたことを、アサイラは思い出す。
アサイラは、ずきずきと痛む右肩を抑えながら馬のそばに歩み寄り、革製の水筒を手にすると水を飲む。
不快な血と硝煙の臭いを、草原の青い香りが消し飛ばしてくれるまで、アサイラはその場に立ち続ける。
やがて、ふたたび騎馬にまたがると、草原を駆け始める。アサイラの背を追いかけるように、風が大地を吹き抜けていった。
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