【第2部24章】永久凍土の死闘 (4/8)【胆力】
【膠着】←
「なに……いかに上位龍<エルダードラゴン>と言えど、おれの目のまえで空を飛ぼうなど愚の骨頂もいいところってことよッ!」
ぐんぐんと高度をあげていく龍態のクラウディアーナを見あげようともせず、ライゴウは吐き捨てるように言うと、大きく片足を振りあげる。
「墜とせ、『失落演武<フォーリンガン>』……んん?」
「……ええーい!」
とっさに、メロは両腕を振るう。片足立ちの男と、視線が交錯する。ライゴウと名乗った男の視界に、投擲物の姿はない。少なくとも、見えてはいないはずだ。
(ディアナさまの攻撃を正面から受け止めるくらいの相手だもの。メロのリングを当てたくらいじゃ、どうにもならない。でも……前はだめでも、後からなら!)
ドレスのフリルをはためかせながら、魔法少女は対峙する男をにらみつける。メロの得物であるふたつのリングは大きく弧を描き、まわりこむようにライゴウの背を狙う。
──ヒュンッ!
風切り音に気がついたのか、小柄な男は後方をあおぎ見る。魔法少女は、歯噛みする。ライゴウは、なんらかの予備動作を中断し、体勢を防御姿勢に切り替える。
「ちい……ッ! ちょこざいな真似ってことよ!!」
ふたつのリングが車輪のように高速回転しながら、男の前腕をへし折る勢いで衝突する。並の相手であれば、相応のダメージを与えられたはずだ、とメロは確信している。だが、手応えは浅い。
「……どっせい!」
ライゴウが気合いを入れると、ただでさえ野太い両腕の筋肉が、さらにひとまわり膨れあがる。ふたつの回転輪は、傷ひとつ残すことできず、はじき返される。
「おっとっと……!」
明後日の方向へ転がっていきそうになったリングを、メロは思念で自分の手元へ引き戻す。ライゴウは、対峙して初めて曇天を見あげている。
吹雪の向こうにかすんで、6枚翼のドラゴンが羽ばたいているのが見える。魔法少女が稼いだわずかな時間を活かして、すでにクラウディアーナは戦場からの離脱を果たしていた。
「ちい……龍皇女は『失落演武<フォーリンガン>』の効果範囲の外か。逃げられたってことよ」
男はつまらなそうにつぶやくと、魔法少女のほうを見ようともせず、ストラップで首からぶら下げた導子通信機を手に取り、口を寄せる。
「ライゴウだ……龍皇女に逃げられた。追跡を頼む。可能なら撃墜してもかまわない……そうだ、おれもすぐに向かう……」
「ディアナさまは、ザコになんか負けたりしないのね! さっきだって、あっという間に片づけちゃったんだから……それに、おじさんのことはここから、魔法少女ラヴ・メロディが逃がさない!!」
メロは、ふたつのリングを振りまわしながら、声を張りあげる。筋肉の塊のような小男は、通信機を凍原に投げ捨てると、あらためて魔法少女に醒めた視線を向ける。
「……どっせい」
「はヒ……ッ!?」
ライゴウが、右腕を突き出す。見えないなにかが高速で飛来し、魔法少女の頭部を消し飛ばす……ような幻影を見て、顔面蒼白になったメロはよろめき、尻もちをつきそうになる。
「……腰を抜かさなかった胆力は誉めてやる、嬢ちゃん」
男は、張り手で虚空を打っただけだった。ただそれだけで放たれた覇気が、一瞬、魔法少女の戦意をくじきかけた。メロはまだ、自分のひざが笑っていることを自覚する。
「なに……これでわかったはずだ。嬢ちゃんがおれと戦っても、無駄死にするだけってことよ……いまなら見逃してやる。どこへでも消えろ」
「はへ……おじさん、なにを言っているのね?」
メロは、拍子抜けしたように素っ頓狂な声音で返事をしてしまう。ライゴウは腕組みすると、白煙のごとく空気を吐き出す。
「おれに、女子供をいたぶる趣味はない。ほかの征騎士だったら、こうはいかんだろうがな……なに、嬢ちゃんの運が良かったってことよ」
「そんなこと……ッ!」
魔法少女は、ぶんぶんと頭を左右に振ると、萎えかけた己の士気を叱咤し、両手のリングをかまえ直す。
「メロのことを見逃してくれたって、おじさんはディアナさまのことを追いかけるつもりでしょ!?」
「なに、そりゃ当然ってことよ。おれの、グラトニア征騎士としての仕事だ。やらにゃあ、ならん」
「だったら、逃げるわけにはいかないのね!」
相手は十分な準備をしたうえで、この場所にいる。もしメロが逃げ出したら、自動車でもヘリコプターでも使って、すぐに龍皇女に追いついてしまう。それでは意味がない。
あくまで断固抵抗の意志をゆずらない魔法少女に対して、ライゴウはあきれたようにため息を吐く。
「なに……龍皇女、真龍の姫君と聞いて、どれほどのものかと思っていたが。この程度とは、見損なったってことよ」
「おじさん……なにを言っているのね?」
「嬢ちゃんのような子供を捨て駒にして、自分だけしっぽを巻いて逃げ出すような輩は、龍や王の器じゃない……そういや、しっぽがなかったな。あれも、どこの負け戦で落としたんだか。とんだ臆病龍ってことよ」
「……ディアナさまのこと、馬鹿にしないで」
メロは、リングを握る手を震わせながら、静かな怒気を言葉ににじませる。ライゴウは、眉根を動かす。
「ディアナさまは、メロのことを信じてくれただけ! ここに、こうして立っているのはメロ自身の意志!! ミナズキさんのことだって……」
「そのミナズキってのが、ジャックを足止めしたやつの名前か? なに、あいつだって甘くはないってことよ。いまごろ、お友達はあの世行きだ。戦えば、嬢ちゃんだって死ぬ。怖くないのか?」
「怖いのね! 自分が死ぬのだって、誰かを死なせるのだって同じくらい怖い。でも……友達が死ぬのが、一番怖いッ!!」
極寒の大地に、魔法少女の吠え声が響く、メロの目尻から涙が一粒こぼれ落ち、ガラス玉のように凍りついて雪のうえに落ちる。
「そうか……」
ライゴウは小さくうなずくと、組んだ腕をほどき腰を低く落とし、龍皇女と相対したときと同様の構えをとる。
「なに……それでも戦うって言うんなら、女子供でも容赦しないってことよ」
凍原の空気が張りつめる。メロは、気圧されないよう下腹部に力をこめる。全身これ筋肉の体躯を武器とする征騎士の男の口から、噴煙のごとき白い呼気が吐き出された。
→【拒絶】