【第2部24章】永久凍土の死闘 (7/8)【足元】
【回転】←
「なに……消えた、か?」
ライゴウは、まっすぐ伸ばした腕を引き戻し、腰を落とした姿勢で残心しながら、いぶかしむ。全身から噴き出た汗が、もうもうと蒸気になって立ちのぼる。
「いまさら、怖じ気づいて逃げ出したか……それならそれで、手間は省けるってことよ……」
ぶつぶつとつぶやきつつも、スモウレスラーの歴戦の闘士として磨き抜かれた第六感が、己の誤断を指摘している。相手は年端のいかない小娘ではあったが、その瞳に宿った覚悟の色は本物だった。
「なに、それならば……どこかに隠れて、機をうかがっているってことか……?」
ライゴウは、腰を落とした構えをたもちつつ、周囲の凍原に神経を張りめぐらせる。極寒の空っ風が肌をなでるが、溶岩のごとき熱を帯びたスモウレスラーの筋肉を冷ますにはおよばない。
「──ッ!?」
背後でよどむ風とわずかな殺気を感知して、ライゴウはとっさに振りかえる。魔法少女などとふざけたふたつ名を名乗る小娘のリングがひとつ、雪のうえに浮いている。
輪の内径の空間が、不自然にさざ波立つ。あの小娘の転移律<シフターズ・エフェクト>が、一対二輪のリングをつなぐ超空間を作り出すものであることは、ここまでの差しあいで理解している。
「──メロディアス・ドロップ・キイィィーック!!」
スモウレスラーが四肢の筋肉に力をこめるのと同時に、輪のなかから勢いよく魔法少女が飛び出してくる。両足を真横に伸ばして、一直線にライゴウへ向かって突っこんでくる。
「速い……ッ!」
歴戦の征騎士は、内心、驚嘆する。いままで受けてきた攻撃とは、段違いのスピードだ。スモウレスラーの動態視力を以てしても残像を伴い、正確な位置を捉えられない。
コンマ数秒のうちに、反撃と迎撃のパターンを無数に検討したライゴウの戦闘経験は、最終的に防御という選択へ到達する。丸太のごとき両腕を顔面のまえで交差する。ほぼ同時に、少女の両足が激突する。
「ヌぐうぅぅ……ッ!!」
ライゴウは、うめく。防御専念という行動を選びとった己の直感の正しさを、あらためて理解する。スピードのみならず、パワーも先ほどまでの攻撃を大きく凌駕している。
「まるで、自分で自分に張り手を打ちこんだような……いや、それ以上ってことよ。なに……待てよ。なるほど、そういうことか……」
己の全身を包みこむ筋肉の鎧のうめきを骨で感じ取りながら、スモウレスラーは合点する。先刻、とどめを刺そうとして放った全力の張り手、小娘はその勢いをわざと喰らうことで利用し、さらには自分自身の力を上乗せした蹴りを放ってきたのだ。
ライゴウは、歯を食いしばる。根雪を踏みしめる両足の裏が後ろに向かって滑り、摩擦熱で蒸気があがる。解体鉄球のごときドロップキックを受け止める両腕に、さらなる血と酸素と導子力を注ぎこむ。
「大したもんだ、嬢ちゃん。誉めてやる……女にしておくのは、もったいないくらいだってことよ。だが、なに……どっせいッ!!」
スモウレスラーは、クロスアームブロックの体勢で少女の両足と拮抗していた双腕を勢いよく振りひらく。征騎士の体幹が乱れ、転倒しかけつつ、どうにか踏みとどまる。
「あわわ……ッ!?」
魔法少女は、とっさに上方へ飛び退く。地に足をつけたライゴウと、宙を舞うメロの視線が交錯する。小娘は両腕を伸ばし、凍原のうえを転がるふたつのリングを手元へと呼び戻す。
「……ええーい!」
「なんのォ……!」
右手のうちに収まったリングを、魔法少女は素早くスモウレスラーへと投げつける。ライゴウはハエを払うように、なんなく回転輪をたたき落とす。蹴りのダメージか、腕の内側が鈍く痛む。
「さすがに、さっきのドロップキックでネタ切れか? 苦し紛れが見え見えってことよ、嬢ちゃん。おれのまえで空を飛べば、どうなるかわからんわけでは……なに、待てよ!?」
方向を見失ったリングがタンブルウィードのように凍原を転がる様をしり目に、四股踏みの予備動作として脚を振りあげたライゴウは、そこでメロの思惑に気がつく。
魔法少女は、いま己の直上にいる。すなわち『失落演武<フォーリンガン>』を発動すれば、落下してきた小娘が自分に衝突することとなる。
「それを見越して、うえに飛び退いたか! なに、よく考えやがる……まったく、ジャックにしても、フロルにしてもそうだが、子供ってやつは侮りがたいってことよ!!」
ライゴウの顔に闘争心をむき出しにした獰猛な笑みが浮かぶ。小娘の策は、おそらくこうだ。わざと『失落演武<フォーリンガン>』を誘い、その勢いを乗せた踏みつけ<ストンピング>を喰らわせる。あるいは、それ自体をブラフにして抑止力とする。
「なに、おれも相撲取りの端くれだ……嬢ちゃんの力比べの誘い、乗ってやらにゃあ男がすたるってことよッ!!」
スモウレスラーは、天を突くよう振りあげた脚を勢いよく突きおろす。灰色の雲を背にして、にやりと魔法少女が笑ったような気がした。
「……ヌあッ!?」
直後、ライゴウは異変に気がつく。振りおろしたはずの足の裏に凍原の硬く冷たい感触がない。スモウレスラーは、反射的に自分の足元へ視線を向ける。
魔法少女の投げたリングが己の真下に横たわり、亜空間の穴が口を開いている。四股を踏もうとした足が、そのなかに呑みこまれている。ライゴウはバランスを崩し、リングの内側へと倒れこんだ。
→【理解】
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