【第8章】獣・女鍛冶・鉄火 (10/12)【葬送】
【屍化】←
「すまないのよな。助けてもらったうえに、力仕事まで任せちまって」
「いや……助けられたのは、お互い様だ」
リンカは、髭面の男との戦いに割って入り、自分を助けてくれた青年──アサイラに礼を告げる。二人の眼前では、ごうごうと炎が燃えさかっている。
犠牲となった野牛の獣人たちを、リンカは火葬することにした。死体を積み上げ、墓石の代わりになりそうな岩を運んでくれたのは、アサイラだ。
やがて、屍は白い灰へと代わり、炎の勢いが収まっていく。リンカがなにも言わずとも、アサイラは火葬の跡に、墓標となる巨石を置く。
「……ナムアミダブツ。せめて、安らかに眠ってくれ」
青年の背後で、リンカは身をかがめ、静かに合掌する。アサイラが振り返ると、着流しの女鍛冶はまぶたを開き、立ちあがる。
「ところで……あの下手人は、いったい何者なのよな」
「社員証を回収できなかったから、推測になるが……十中八、九、セフィロトのエージェントか」
「せふぃろと、えーじぇんと……?」
聞き慣れない言葉を受けて、リンカは眉間にしわを寄せる。アサイラは、どう補足したものか、と青い空を仰ぐ。
綿毛のような雲が、地上の狂騒などお構いなしに、のどかに流れていく。
「セフィロト社は、次元世界<パラダイム>を越えて、やりたい放題やっている連中だ。エージェントは、その実働部隊で……ああ。これも、わかりにくいか」
「それじゃあ、アサイラの旦那は、悪党どもを蹴散らす正義の味方、ってわけか?」
「そんなご大層なものじゃない……俺は、ただ私情で、あいつらとことを構えているだけだ」
「……ふうん」
リンカが、にやりと笑ってみせると、アサイラは座りが悪そうに顔を背ける。
女鍛冶は眼前の男を観察していると、青年はなにやら、ぼそぼそ、と独り言のように口を動かしている。
「旦那、どうかしたのよな。アタシたちの他に、誰かいるのかい?」
「気にしないでくれ……それよりも、おまえが持っている刀。『龍剣』か」
リンカは、感心したように目を丸くしてみせる。
「ほ、よくご存じで……そういや、あの熊面の男も知っていたのよな。アタシの故郷の外でも、意外と有名なのかね」
「俺たちは、セフィロト社の本拠地に攻めこもうとしている。そのためには、やつらの守りを突破しなければならない。『龍剣』が、その鍵になる……かもしれない」
「旦那がなにを言っているのか、半分もわからないが、『龍剣』が入り用だってことだけはわかったのよな」
アサイラに対して、リンカは、かかっ、と笑う。
「『龍剣』を用意するのは、難儀な仕事だが……他ならぬ、命の恩人の頼みだ。話だけでも、聞かせてもらうのよな。それと、ひとつ尋ねておきたいんだが……」
女鍛冶の問いかけに、アサイラは眉根を寄せる。
「旦那。せふぃろとやらのことを、『連中』って言ったのよな。ということは、つまり、また、ここに他の狼藉者が来るかもしれない、ということか?」
アサイラは、沈黙を保つ。リンカにとっては、十分な答えになる。
「それで、旦那『たち』は、せふぃろととことを構えている、と……よし、決めた。アタシも、アンタたちの仲間に入れてもらうのよな」
「……おまえ、自分がなにを言っているのか、わかっているのか?」
「アタシは、ここで暮らす獣人たちを守ってやりたいのよな。そのためには、せふぃろととやらを元から断たにゃあならない。違うか?」
露骨に渋い顔をするアサイラの目を、リンカの真紅の瞳がまっすぐ射抜く。女鍛冶は、青年の黒い虹彩が、わずかに蒼みがかっていることに気がつく。
そのときリンカは、アサイラの瞳から自分の頭のなかへ、見えない『なにか』が飛びこんでくる感覚を味わう。
『──歓迎するのだわ。マイスター』
「うわッ! なんのなのよな、これ!?」
「クソ淫魔め、また勝手なことを……」
アサイラは、うんざりしたように己の顔面を手のひらでおさえる。リンカは、目を丸くする。頭の中に、この場にいないはずの女性の声が聞こえる。
『突然、失礼するのだわ。私は、いま、あなたの心に直接、話しかけています』
「あー……さっき、アサイラの旦那がぶつぶつ話していたのは、アンタか」
対応に苦慮するかのようなアサイラを後目に、リンカは脳裏に響く言葉と会話を続ける。声音から悪意のようなものは、感じない。
『察しがよくて助かるのだわ。こみいった話になりそうだし、とりあえず、私たちのアジトのほうに来てもらってよいかしら?』
あきらめたような表情のアサイラの肩越し、なにもないはずの広場に、忽然と現れた『扉』をリンカは見る。こいつをくぐれ、ということか。
「あぁ……わかったのよな」
女鍛冶は、にやり、と笑うと、ため息をつく青年の前を通り抜け、『扉』を押し開く。木戸の奥に広がる虚無空間に向かって、リンカは足を踏み出した。
→【花魁】
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