【第15章】本社決戦 (2/27)【基底】
【本社】←
『死んだ次元世界<パラダイム>だわ……』
独り言のような『淫魔』のつぶやきが、アサイラの脳裏に響く。
『セフィロト本社は、活動停止した世界を土台にして建造したみたい。半人工の、言ってしまえば次元世界<パラダイム>のゾンビ、ってところだわ……』
青年の疑念を先読みするように、精神接続するナビゲーターが説明する。念話の声音は平静だが、どことなく嫌悪感のような響きがある。
「次元世界<パラダイム>ってのは、死ぬと、ふつうはどうなるんだ?」
『たいていは、バラバラに分解して、虚無空間に散っていくんだけど……待った、アサイラ、周囲を警戒して! 複数の接近物体だわ!!』
頭のなかの警告に従い、青年は拳を握りしめつつ、周囲に視線を巡らせる。
四方から、猛禽のごとき影が飛び近づいてくる。数は、六体。エアダクト内で遭遇した鳥型ロボットの同型機か。
バサバサと翼を上下させながら、機械の禿鷹たちは獲物の頭上で大きく円を描く。飛翔の軌道には、余裕すら感じさせる。広所こそが、こいつらの本来の戦場か。
うち一体が、アサイラめがけて急降下をしかける。青年はカウンターをたたきこもうと、腰を落とす。
「ヌ──?」
青年は、上空の相手にいぶしげな視線を向ける。猛禽の身体が、鳥にあるまじき方向にねじれていく。
首が、翼が、鉤爪が、ルービックキューブのように回転し、見る間に姿を変える。
つい先ほどまで鳥型だったロボットは、一振りの剣となって、アサイラの心臓を貫かんと、落下速度を増す。
「……ヌギイッ!」
とっさに回避運動をとり、青年は、刃の切っ先を寸でのところでかわす。ジャケットをかすめた剣は、岩石の地面に突き刺さる。
アサイラは体勢を立て直しつつ、機械の刀身をへし折ろうと、手刀を構える。頭上から、複数の羽音が近づいてくる。
「グヌウ!?」
振り抜こうとした青年の腕に、鉄製の鉤爪がつかみかかり、その打撃を阻害する。
猛禽の一羽がアサイラの動きを食い止めているうちに、地面に刺さった刀剣は鳥型に変形して、ふたたび上空に逃れる。
右腕に組みついたロボットは、なおも青年から離れない。振り払うのはかなわないと判断したアサイラは、左拳を握りしめ、アッパーカット気味に殴りつけようとする。
「──チッ!」
青年は、拳をためた状態から振りあげを中断する。別の猛禽が、後方からアサイラの心臓を狙い、剣に変形しつつ急降下する。
倒れこむように、青年は回避する。腕に鉤爪を食いこませていた猛禽は飛びあがり、背中を刀身がかすめていく。
「だめだ……破壊するには、時間がかかりすぎるかッ!」
アサイラがひざ立ちとなったときはすでに、機械の猛禽たちがヒット・アンド・アウェイのコンビネーション態勢に入っている。
時間をかけて見極めれば、この相手を打ち倒すことも不可能ではないだろう。だが、この鳥型ロボットの破壊が、青年の目的ではない。
まだ、先は長いだろう。消耗は、可能な限り抑えたい。くわえて、無駄に時間をかければ増援を呼ばれるおそれもある。
「強行突破するか……クソ淫魔! どちらに進めばいいッ!?」
『えーっと、向かって右手側! 進行方向では、そっちが比較的手薄……たぶん!!』
「ずいぶんと不安になるナビゲートか……!」
両腕を掲げ、猛禽たちの鉤爪から身をガードしつつ、アサイラは走り始める。速度に緩急をつけ、刀剣の刺突攻撃の狙いをずらす。変形した刃が、岩石を穿つ。
かすかにいやな予感を覚えつつ、青年は広漠な地下空間を疾駆する。
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「おい。しっかり追いこめよ、ガキ」
「クソが。わかったいる、トゥッチ」
「『トゥッチ先輩』だ、これがな」
「……それなら、あんたも『ガキ』じゃなくて、ダルクと呼ぶべきかもな」
「あ? なにか言ったか、クソガキ。ハメ殺すぞ」
アサイラが悪戦苦闘している場所から五百メートルほど離れた地点、岩石荒野に掘られた塹壕のなか、迷彩シートのしたにふたつの人影がある。
一人は、髪を根本から頭皮に編みこみ、遠目からは縞模様にも見える独特のヘアスタイルの男、トゥッチ。もう一人は、くせっ毛の黒髪にやせ気味の青年、ダルクだ。
二人は、セフィロト社のエージェントだ。侵入者排除の任務を帯びている。両者とも、過去にターゲット──『イレギュラー』との交戦経験がある。
若輩のエージェント、ダルクは塹壕から頭を出し、侵入者のいる方角に視線を向ける。その目元には、重量感のある多機能ゴーグルにおおわれている。
ゴーグルの遠隔視機能越しに、ダルクは目標が自身の操る自律兵器『刀剣猛禽<ブレード/ヴァルチャー>』と交戦状他にあることを確認する。
「『イレギュラー』、ポイントに向かって移動中。少々、スピードが速いかもな。トゥッチ……先輩」
ダルクの口元が、苦々しくゆがむ。目つきまでは、ゴーグルに隠れて伺えない。
「OK、トラップ起動。ハメ殺しだ、これがな」
コーンロウとも呼ばれるヘアスタイルの男、トゥッチは塹壕の土壁に身をもたれ、手にしたタブレットデバイスを操作する。
年輩のエージェントの口角が、サディスティックにゆがんだ。
→【屍兵】
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