【第7章】奈落の底、掃溜の山 (7/23)【禁則】
【潜入】←
「それじゃあ、みなさ~ん。聞こえてますかぁ?」
幼児に語りかけるような、間延びした『淫魔』の声が管制室に響く。
「入り口をロックして、その上から、いすとか、机とか、書類棚とかかき集めて、バリケードを作るのだわ。あ、システム制御が得意な人、一人は残ってね」
『淫魔』の命令に従って、職員たちは、のろのろと立ち上がり、管制室の入り口を閉鎖しにかかる。
壁一面に張りつめられたモニターを前にして座る一人の男のほうに、『淫魔』は悠然と近づいていく。
魅了され、だらしなく口を開いた男は、いくつものコードが機材に接続されたヘルメットを頭部に装着してる。
「脳波コントロールシステムだわ。さすがセフィロト社、進んでる」
『淫魔』は、感心したようにうなずいてみせる。
「よし……施設外へのゲートを開くのだわ」
「む、む……無理、です……」
『淫魔』の命令に対して、脳波制御ヘルムを装着したオペレーターは、ろれつの回らない言葉で返事をする。
「いいから、やる!」
「は、は……はひぃ……」
思考から直接入力されたコマンドコードが、モニターに表示されていく。しばしの沈黙。そして、警告音が響く。
<権限不足>
赤い文字が、モニターに映し出される。
「どういうことだわ! ここは、管制室じゃないの!?」
「そ、そ……外へのゲートの開閉には、スーパーエージェントクラスの権限が……必要、なんですぅ……」
「はあっ? どんだけ見られたくないのだわ!?」
スーパーエージェント以上ともなれば、セフィロト社のなかでも片手で数えきれるほどの、超上級幹部だ。
「施設内部の警備はそれほどでもないからって、甘く見ていたのだわ……」
『淫魔』は額を抑えつつ、天井を仰ぐ。そうこうしているうちに、管制室の入り口が騒がしくなる。
廊下側から、扉を荒っぽく叩く音がバリケード越しに響く。どうやら、異常を察知した警備兵が集まりはじめている。
「あなたたち、バリケードを押さえるのだわ!」
『淫魔』は、魅了した他の職員たちに命令すると、ふたたびオペレーターのほうに向き直る。
「ともかく! 私は、外側に行かないといけないのだわ! なにか方法はない!?」
「ありま、せぇん……そもそも、外壁ゲートは、本来……開閉することを想定して、いないんですぅ」
管制室の扉を叩く音が、ますます大きくなる。もはや、ノックのレベルではない。廊下側から、無理矢理、破ろうとしている。
「ああ、もう! なにか、なにか手は……ッ!!」
『淫魔』は、髪をかきむしる。ふと、手の動きを止める。目を見開き、脳波制御ヘルムを装着したオペレーターのほうを見る。
「……私は、人間の精神のなかに潜りこむことができる……そして、いま、この男は精神とシステムを直結している……これって、もしかして……」
→【潜行】
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