【第2部22章】風淀む穴の底より (7/8)【熱量】
【不死】←
「ご丁寧に、わざわざ天井を崩し続けていたは、これが狙いか……だが、オレな、『屈折鋼線<ジグザグ・ワイヤー>』は、オマケみたないものさ! ソイツを潰して、満足か!?」
征騎士ロックは、暗がりのなかで吠える。断続的に落下してくる高熱の瓦礫を、自分の足で回避するのが煩わしい。
加えて、熱せられた空気。温度計を持ち合わせていないため正確な数値はわからないが、噴き出た汗が、すぐさま蒸発するほどだ。
着流しの女に袈裟斬りにされて縫合したあと、打った高速再生剤には鎮痛薬も含まれている。副作用で触覚が減衰し、温度の異常に気がつくのが今まで遅れた。
「あギが……ッ!」
灼熱の瓦礫が、また新たに落下してくる。征騎士ロックは横っ跳びしながら、眼球を腕で守る。焼け石の礫が飛び散り、男の手の甲を傷つける。
「熱いうえに、痛え……だが、それだけなのさ。オレな、この程度じゃ死にやしねえ……」
征騎士ロックは、苛立つ自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。
「あの女の狙いは、なんなのさ……本当に『屈折鋼線<ジグザグ・ワイヤー>』を潰すことだけが目的か? ほかに、なにか……あガッ!!」
ふたたび巨岩の落下。うつ伏せに倒れるようになりながら前方へ跳び、男は寸でのところで回避する。
「生き埋めにでも……する気かッ!? しかし、ソイツも無駄なのさ……オレな、土砂の下敷きになったって死にゃあしねえ。かえって、そっちが手出ししにくくなるだけ! ま……気分は最悪。できるなら、ごめん被りたいが!!」
自らの身体に『死禁錠<デス・ジェイル・ロック>』を付けていなければ、熱中症はおろか全身火傷で命を落とすであろう高温環境の最下層に、征騎士ロックの絶叫が響く。
「……しかし、ちょろちょろと嫌がらせを続けられるのは気に喰わねえのさ。オレを足止めして、援軍でも呼ぶつもりか? ひとり、ふたりならいざ知らず、多勢の部隊が帝国の防衛網を突破できるとは思えないが……いや、待てよッ!?」
征騎士ロックは立ちあがり、落下物を避けるように走りながら、なにかを思いついたように懐を探る。
「どうせ位置は割れているんだ……オレな、もう通信を控える理由はないのさ! 浅層まで逃げたのが、運の尽き……女め、火砲支援でミンチにしてやるッ!!」
近傍の僚軍に連絡を取ろうと、男は導子通信機を手に取る。プラスチック製の通信機表面が、ぐにゃり、と歪む。電源は入らない。
「チクショウめ、こっちも故障なのさ! なにが全天候型極地環境対応モデルだッ!!」
征騎士ロックは導子通信機を石畳に投げつけると、靴の裏で踏みにじる。これも、あの女の狙いか? 予想外の方向へ転がり続ける戦況に、苛立つ己を自覚する。
「焦るな。オレな、さっささっさと落ち着くのさ……攻めるのは、仕事じゃねえ。ただ、生きていりゃあいいんだ……んん?」
自分の全身が、ぶすぶすと音を立てていることに男は気がつく。肌から汗の一滴も出ないほどに乾燥している。
「か細い『屈折鋼線<ジグザグ・ワイヤー>』ならまだ、ともかく……ゴツい軍用導子通信機がブッ壊れるくらいなのさ……室温、100℃は軽く超えちまっているか!?」
征騎士ロックはわめき散らしながら、周囲に視線を巡らせる。はるか上方の女が手にする刀の灯火でわずかばかり照らされて、蜃気楼のごとく揺らぐ空気が見える。
慌てて、自分の肉体に取り付けた3つの『死禁錠<デス・ジェイル・ロック>』の様子を確かめる。さいわい高熱による破損の気配はなく、男は胸をなでおろす。
「やはり、無駄なのさ……最下層には二酸化炭素が充填されて、酸素は存在しねえ……オレな、ここにいる限り、蒸し焼きになることはあっても、燃えることは絶対にねえ!!」
とはいえ、『死禁錠<デス・ジェイル・ロック>』の影響下で、全身をウェルダンにされるのは初めての経験だ。プロフの人体実験でも、試してはいない。
いまのところ、五感に問題はなく、四肢も支障なく動く。むしろ満たされた二酸化炭素に加えて、これだけの高温環境ともなれば、かえって敵の侵入は困難となる。
侵入者の女は、愚直に天井を崩す。すでに瓦礫の落下地点は予測できる。征騎士ロックは、すでに安全地帯に退避している。なにも問題はない。そう思ったとき……
「……あギがッ!?」
熱せられたコンクリートの塊の崩落とともに、男の視界が白く染まる。ロックは一瞬、火の手があがったのかと思う。違う。
「陽の、光……なのさ!?」
侵入者の女は、地下シェルターの最上面まで破壊しきった。最下層から地表まで穴が開き、白く輝く柱のような日差しが入りこむ。
完全な暗闇のなかに潜んでいたため、視覚の順応に時間がかかる。あまりのまぶしさに、男は両目を針で突かれるような痛みを感じる。
「問題は、ねえのさ……なにも、問題は……」
征騎士ロックは、前腕で双眸を隠しながら、ぶつぶつとつぶやき続ける。酸素よりも、二酸化炭素のほうが重い。穴が開いたところで、空気が入れ替わることはない。
「……あガッ!?」
灼熱の風に身を撫でさすられるような感触を覚えて、男は思わずまぶたを開く。陽光に視界は白くかすみながら、周囲の様子をうかがう。わずかだが、確かに空気が流れている。
「バカな……換気設備を動かした覚えはないのさ!? そもそも、この高熱じゃあ、ブッ壊れているだろう!!」
「さもありなん……そんなに大騒ぎして、どうしたのよな。大将?」
予想外の方向から女の声を聞き、征騎士ロックは慌てて振り返る。最初に『屈折鋼線<ジグザグ・ワイヤー>』で破壊した隔壁のまえに、炎をまとった刀をかつぐ着流しの女の姿があった。
→【焼却】
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