【第2部5章】戦乙女は、侵略にまみえる (4/16)【助人】
【吶喊】←
「グリン。アサイラ、いま、なんて言ったのだわ……助太刀に行く?」
リーリスは、肩をすくめて見せる。『シルバーコア』に残るララを除いた一同は、牧場主夫妻のシェシュとエグダルも交えて、母屋のまえにいた。
次元跳躍艇の大音量着信メロディは止み、いまは代わりに天空城から緊急事態を知らせる警鐘が天空の世界に鳴り響いている。ときおり、ヒポグリフの不安げな遠鳴きが混じる。
「そこまでしなくていいよ、いいよ。お客さんが、そんな危険なことをするのはやめなよ。姫さまと城勤めの戦乙女は、強いんだから……」
遠慮がちに言う牧場主の戦乙女シェシュは、それでもどこかおびえを隠しきれぬ声音だった。その夫であるエグダルも、落ち着かない様子で身体をゆすっている。
「グッド、ウチはアサイラに賛成だろ。シェシュのおかみとエグダルの旦那には、一宿一飯の恩義じゃすまないんだ」
「こちらとしても、ナオミと同じで異存はないんだが……不安材料としては、マスターの体調の回復具合だな」
ライダースーツに身を包んだ赤毛の女と、ミリタリージャケットを着こんだ狼耳の獣人がそれぞれの所見を口にする。
「ていうか、アサイラ。本当に大丈夫だわ? シルヴィアとナオミの二人に行ってもらうのなら、ともかく……」
「病みあがりの、ちょうどいいリハビリになるんじゃないか? それに……」
(相手がセフィロト社の残党じゃないか、ってこと? にしては、ちょっと妙な気もするけど)
(だとすれば、なおさら自分の目で確かめる必要がある、か)
牧場主夫妻に聞かれぬよう、『淫魔』の異名を持つリーリスがテレパシーで直接アサイラの精神に問いかける。青年もまた、思考で返事をする。
黒髪の青年に対して、ゴシックロリータドレスは無言でうなずき返す。リーリスは小さく首を振りながら、牧場主のシェシュのほうに向きなおる。
「シェシュさん。アサイラってば相当に強情だから、あきらめて行かせるしかないのだわ。今回は、シルヴィアとナオミがお守りをしてくれるみたいだし」
「リーリス。俺は、ガキかなんかか?」
「病みあがりだって、自分で言っていたのだわ。アサイラ!」
不機嫌そうに腕組みするアサイラに対して、リーリスは振り向きざまに人差し指を突きつける。シェシュは、少し安堵したようなため息をつく。
「そう言ってもらえると、あたいは嬉しいんだけど。正直、訓練以外で城の警鐘が鳴ったのは、産まれて初めてだし。でも……」
牧場主の戦乙女は、ちらりと横に視線を向ける。リーリスもつられて、そちらを見る。一同のなかで頭一つ身長の低い、ドヴェルグ族のエグダルの姿がある。
シェシュの伴侶であるエグダルは、ひげの下で口をもごもごと動かしながら、貧乏揺すりを続けている。リーリスは、その瞳から表層意識を読みとる。
「エグダルさん。たぶんだけど、下手人はドヴェルグ族じゃないと思うのだわ」
濃紫のゴシックロリータドレスの女は、牧場主の夫をうえからのぞきこむように言う。土小人のエグダルは、びくっと背筋を伸ばす。
「手前さま、どうしてそう思ったんも?」
「女のカン、ってやつだわ……ま、ヴァルキュリアとドヴェルグの種族問題にまで深入りするつもりはないけど」
リーリスは、自信満々に大振りな乳房が実る胸を張ってみせる。牧場主夫妻は互いに顔を見合わせたあと、うなずきあう。
「いいよ、いいよ。わかった、こっちからもお願いする。気をつけて行ってきなよ。ただ、ちょっとだけ待ってなよ……おまえさん!」
「うっひっひ。わかってるたんも、シェシュ」
牧場主の戦乙女は純白の双翼を広げて、少しよろめきながら飛び立つ。その夫であるエグダルは、とてとてと走りながら母屋横の工房に向かう。
牧場主夫妻が場を離れたすきに、アサイラ、リーリス、シルヴィアにナオミの四人は互いの顔をつきあわせる。
「リーリス。セフィロト社の残党にしては妙だ、っていうのはどういう意味か?」
「本社が崩壊した以上、次元転移ゲートは使えないということだな。社のバックアップ無しに、あのミサイルのような大型兵器は運用できない」
黒髪の青年の問いに対して、ゴシックロリータドレスの女に代わり、狼耳の獣人娘が自分の見解を答える。
「バッド! だとしたら、よけいにタチが悪いだろ。セフィロトとは違う連中が、あんな物騒なシロモノを使っているってことになる」
「グリン……シルヴィア、私とセフィロト社以外に次元転移ゲートを使える勢力に心当たりはないかしら?」
ナオミは吐き捨てるように言い、リーリスは狼耳の獣人に尋ねる。かつてセフィロト社のスーパーエージェントだったシルヴィアは、首を横に振る。
「……みんな、お待たせー! これを連れて行きなよ!!」
上空から、シェシュの声が響く。牧場主の戦乙女が、一頭のヒポグリフとともに母屋のまえに着地する。
「グッド! 牧場にこんなヤツがいたのか……ほかのヒポグリフと毛艶も肉付きも、一味違うだろ」
浮き島の牧場に来てから鷲馬に慣れ親しんでいるナオミは、目を輝かせながら近寄っていく。シェシュは誇らしげに翼獣の栗毛をなでる。
「城に納める軍馬として育てていたヒポグリフだよ。こいつに乗っていきなよ。初陣には、不足無しだよ」
「……手前さまら! こっちも持ってきたんも!!」
ヴァルキュリアの妻に遅れて戻ってきたドヴェルグ族のエグダルは、両手いっぱいに武器を抱えて、よたよたと駆けてくる。
土小人は牧草のうえに、銛、長剣、短剣、丸盾、ハルバード、クロスボウとその矢などを広げてみせる。いずれも蒼碧の輝きを放つミスリル製だ。
「あたいが現役のときに使っていた得物だよ。好きなのを持っていきなよ!」
「うっひっひ。わてがなるたけ手入れをしていたんも。切れ味は落ちておらんはず」
礼を言う間も惜しんで、シルヴィアとナオミは武器の物色をはじめる。己の拳で戦うスタイルのアサイラは、ストレッチをして身体の具合を確かめる。
「おまえさん! 防寒具も持ってきなよ、凍原に降りるんだよ!?」
「おっと、忘れていたんも。すぐとってくる」
ヒポグリフの軍馬に鞍と手綱を取りつけながら、シェシュが叫ぶ。エグダルは自分の頭を、ぽんとたたくと、ふたたび母屋に向かって走っていく。
「それじゃあ、アサイラとシルヴィア、それにナオミが現場に向かうということでいいかしら?」
「リーリスは、どうするんだな?」
「私はここに残ってララちゃんの解析を聞きながら、念話でみんなをオペレーティングするのだわ。たぶんだけど、導子通信は使わないほうがいいでしょ?」
「グッド。同感だろ。こっちが敵の通信を拾ったってことは、逆のこともあり得るってわけだ」
ナオミはハルバードを得物に選び、シルヴィアは短剣を腰に差してクロスボウを手に取り、それぞれ立ちあがる。
「鞍と手綱、つけ終わったよ! いつでも出発しなよ!!」
「こっちも上着を持ってきたんも!!」
アサイラ、シルヴィア、ナオミの三人は、エグダルが持ってきたヒポグリフの毛皮の外套に袖を通すと、シェシュと入れ替わるように鷲馬にまたがる。
赤毛の騎手が手綱をにぎると、ヒポグリフの軍馬はいななき声をあげ、力強く鷲の翼を羽ばたかせる。
三人を乗せた鷲馬は母屋のうえに浮揚すると、そのまま雲海に向かって一直線に急降下していった。
→【撹乱】
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