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【第2部19章】終わりの始まり (1/8)【盟主】

【目次】

【第18章】

──ドゴオォンッ!

 ドヴェルグの地下迷宮にて、ぱらぱらと天井から小石が落ちてきたかと思うと、突如として轟音が響く。崩落が発生して、直下にいたふたつの人影は土砂に呑みこまれそうになる。

「プロフッ! なに、ぼーっとしているのさ!?」

 落盤地点から素早く飛び退いたひとりが、逃げ遅れた相方に向けて右腕を伸ばす。キュルキュルキュルッ、と耳障りな音が響き、地下道の闇のなかでなにかがきらめく。

 極細のワイヤーが、土砂の奔流に沈みかけた男の白衣をからめとる。そのまま、細身の体を安全圏まで引きずり出す。

「助かったよ、ロック卿……ぼくひとりだけでは、とうてい、生き埋めはまぬがれ得なかっただろう……」

「危険を感じたら、さっささっさとと逃げろよ。プロフは、戦闘要員じゃねえんだ……征騎士序列2位ともあろう御方が、つまらねえ崩落事故でリタイアなんて勘弁なのさ」

「これは到底、反論できなさそうだ。それはそうと、再生手術のついでにインプラントした『屈折鋼線<ジグザグ・ワイヤー>』も十全に使いこなしているようでなによりだ。使い勝手も、悪くはないだろう?」

「……まあ、な」

 プロフと呼ばれた細身の男は、白衣をはたいて土ぼこりを落とす。もうひとりの男は、ふう、とため息をこぼす。ともに背中には赤い外套……グラトニア征騎士の証を羽織っている。

 ふたりが立っているのは、インウィディア凍原の地下深く、ドヴェルグ最大の集団であるカマルク氏族の居住区の入り口だ。

 地下都市の正面は、重々しくも荘厳な黒大理石の扉で閉ざされている。石門の表面には、ドヴェルグの戦士たちが、グリフィンや大海蛇、そして……戦乙女に立ち向かう勇壮な姿が刻まれている。

200526パラダイムパラメータ‗インウィディア

「……なるほど。そういうことだったのさ」

 征騎士ロックが、なにか合点がいったかのようにつぶやくと、その場でひざまずく。白衣の男も、やや遅れてそれにならう。ふたりは、ついさっき崩落が起きた方向へと頭を垂れる。

 黒大理石の扉のまえで焚かれているかがり火が、土煙を照らす。大柄な偉丈夫の姿が、地下空間の闇のなかに浮かびあがる。

「征騎士序列2位、モーリッツ。そして、序列5位、ロック。我が覇道事業の遂行……一言もっておおうのならば、大儀である」

「光栄なお言葉です、陛下」

「プロフに同じく……『魔女』の次元転移ゲートでいらっしゃると思っていたので、少しばかり驚きましたが……」

 ふたりの征騎士は顔をあげる。彼らの眼前に直立していたのは、2メートルほどの慎重の恵まれた体格に、アメジストを思わせる色合いの髪を生やしたグラトニア帝国の元首、グラー帝だった。

「お召し物が……?」

 白衣のプロフェッサーは目を細め、首をかしげる。帝政国家の権力の担い手であることを示す赤地の布に金糸の刺繍のほどこされたトーガは、大きくやぶけている。もっとも、その下の諸肌には、わずかな傷もついていはいない。

「原住民に売られた喧嘩を、戯れに買った。大事はない。エルヴィーナは、替えを取りに行っている……腹が減っていた故、余ひとりで、ここまで地を踏み砕いて来たが……少々、勇み足であったか?」

「いえ。めっそうもございません。陛下のお早い到着を歓迎いたします」

「……生き埋めになりかけておいて、よく言うのさ。プロフ?」

「ロック卿、陛下の御前だぞ。失礼だろう」

「……お待たせいたしましたので、陛下」

 征騎士たちの会話をさえぎるように、地下道の闇のなかに女の声が響く。深紅ローブを身にまとったグラー帝の最側近、『魔女』エルヴィーナだ。替えのトーガを手にしている。

 深紅のローブの女は、手慣れた様子で皇帝のトーガを取り替える。グラトニア帝国の専制君主の正面、ふたりの征騎士の背後から、また別の音が地底回廊に反響する。

「タイミング的には、ドンピシャだったのさ……ドヴェルグの族長サマのお出ましだ」

 征騎士ロックは立ちあがりつつ、つぶやく。白衣のプロフェッサーも起立し、一歩引く。ドヴェルグの地底都市の石門が、重苦しい音をきしませて、内側から開かれる。

 見あげるほどの巨大な扉の向こうから、地下の住人たちの熱狂的な歓声が響く。やがて、たいまつを掲げた若いドヴェルグを先陣に、ぬう、と巨大な影が姿を現す。

 側近たちに担がせた輿の金箔と銀細工が、かがり火の光を妖しく反射する。輿のうえに鎮座する小山のような大入道が、この次元世界<パラダイム>最大のドヴェルグ勢力であるカマルク氏族の長、グスタフだ。

 ドヴェルグ族は『土小人』と証されることもある小柄な種族だが、氏族長は担がれた高さのぶんを差し引いても、グラトニア帝国一行を見下ろすほどの特異的な巨体の持ち主だ。

 平均寿命は300歳弱と言われる地底の住人たちのなかでも、500歳という高齢を誇るグスタフは、ヴァルキュリアとの戦争を実際に経験したドヴェルグの唯一の生き残りとも言われている。

 頭髪ははげあがり、代わりに銀色の髭を長く伸ばし、大海蛇の革製の眼帯におおわれた左目は戦乙女との戦いで失われたものらしい。

 一族の富を誇るルビー、サファイア、オニキスなど種々様々な宝石のアクセサリーと、カマルク氏族の民族衣装でおおわれた全身の皮膚は、でこぼこと岩のように節くれ立っている。

 数々の武勇伝に飾りたてられるドヴェルグの豪傑も、寄る年波には勝てないということか。グスタフ氏族長は、全身を悪性腫瘍に冒され、余命幾ばくもないとされていた。

 老ドヴェルグの病状は、グラトニア帝国側にとって、よい交渉材料となった。一時は前後不覚だった氏族長の容態を現状まで持ちなおし、大きな貸しを作ることができた。

「うぶぶぶ……遠くはるばる、よく来たもんで。異郷の闘士たち……わしゃあ、歓迎するぞ……」

 グスタフ氏族長は、使いこまれた黒光りする煙管を手に取ると、火をつける。紫色の煙がたゆたい、ケミカルドラッグとは異なる甘ったるい香りが漂う。

 火皿に詰められているのは、強い鎮痛効果を持つキノコタバコだ。カマルク氏族が栽培する特産品だが、幻覚作用と強い中毒性があり、ドヴェルグたちのあいだでも流通には賛否が別れてる。

「痛み止めには、これが一番だもんで……グラトニア製の鎮痛剤は、わしゃあ、好かん。うぶぶぶ……」

 大口を開けて紫煙を吐き出す巨体のドヴェルグの言葉を聞いて、医療技術の提供を一手に担ってきたプロフェッサーは不機嫌な表情を顔に浮かべる。交渉の矢面に立ってきたロックが、同僚のわき腹を肘で小突く。

「あんたが皇帝ぎみさまか……わしゃあ、足腰が立たんもんで。輿のうえから、失礼するよ……うぶぶぶ……同盟の契約を果たしに来た、という認識でかまわんな?」

「然り。臣民の内憂外患を処し、平穏をもたらすは、皇帝たる余にとって、一言以ておおうのならば、責務である」

「わしゃあ、あんたらをカマルク氏族の『聖地』へ案内する。そちらは、戦乙女どもに戦争をしかけるドヴェルグの助力をする。うぶぶぶ……そういう契約だったもんで」

「いかにも。余とグラトニアの威光にひざを屈せぬ蛮族どもには、力を以て理解させねばならない。これこそが……一言以ておおうのならば、我が覇道である」

 両陣営のどこかかみあわない会話を、交渉役だった征騎士ロックは聞き流す。認識の齟齬は、どうでもいい。グラー帝を『聖地』に連れて行けば、目的は達せられる。

「うぶぶぶ……ついてくるといい……わしゃあ、『聖地』へと連れて行くもんで……」

 グスタフ氏族長を乗せた金色の輿が、180°反転すると、地下都市内部へと戻っていく。グラー帝を筆頭とする帝国勢力一行は、無言でそのあとに続いた。

【捕食】

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