【第2部6章】征騎士円卓会議 (1/4)【円卓】
「よかった、一番乗りだよ……」
緊張した面持ちの少年は、安堵の声をこぼす。グラトニアの国章が刺繍された赤い外套を羽織り、腰には帯剣している。
まだ幼さの抜けきらない顔つきの若人、フロル・デフレフは、グラー帝に仕える幹部集団『征騎士』の──末席ではあるが──一員だ。
「僕が一番下っ端なわけだし……先輩に因縁でもつけられたら、生きた心地がしないんだよ」
グラトニア帝国暫定首都、行政府ビルの一室。直径十メートルはくだらないラウンドテーブルが設えられた大広間は、これより皇帝陛下を交えた征騎士会議の舞台となる。
少年の眼前には、最奥の玉座と円卓を囲む十三のいすが整然と並ぶ。フロルは、ゆっくりと歩を進めながら、自分の席を探す。
議場における円卓とは本来、平等の象徴であるが、ここでは違う。十三人の征騎士には、それぞれ厳密に席次と序列が定められている。
しかも席順は、玉座からどちらまわりとか、上座と下座とか、そういったわかりやすい配置というわけでもない。複雑でありながら、かちりとしたルールに則って、各々の座する場所が定められている。
「一難去って、また一難……ってやつだよ。間違って目上の席についたりしたら、どんなことになるか……」
小さくつぶやきつつ、フロルは事前に何度も見返して記憶した席次の図を思い出しながら、どうにか自分のいすを見つけだす。
少年は、グラー帝が腰をおろす玉座から見て、対面やや右よりの席につく。会議のまえに、先輩征騎士と不要な一悶着……という懸案事項は、とりあえず避けられた。
沈黙と緊張のなか、待つこと十数分。フロルの予想よりも早く、一人目の先輩が姿を現す。
「なに? おれが一番乗りじゃあ、なかったか……」
黒い髪を短く刈りあげた男は仏頂面でつぶやくと、少年から左にひとつ席を空けて座る。赤い外套のしたはタンクトップで、岩のような筋肉が肩までむき出しだ。
気を使って最初に入室したのが逆効果だったか。鉄骨のような腕を組む不機嫌そうな顔の男をまえに、フロルは挨拶も忘れて思いあぐねる。
「だめだな……気を利かせて、先輩風のひとつでも吹かせてやろうかと思ったが、おれには向いてなかったってことよ」
先に沈黙を破ったのは、刈りあげの男のほうだった。目を丸くする少年を、筋肉男は仏頂面のまま一瞥する。
「おれの名はライゴウ。序列は十一位……なに。おたがい、下っ端同士ってことよ。わからんことがあったら、なんでも聞け。少しは先輩らしいことをさせろ」
「は、はいっ! ありがとうございます、ライゴウさん……」
フロルは、ひきつった声で返事をする。自分の名を言い忘れたことに遅れて気づいたが、腕組みしたままのライゴウは満足げにまぶたを閉じる。
見た目ほど悪い人ではなさそうだ、と少年は思う。己の緊張が少しばかりゆるむのを感じる。
「ぴょーん! 君がフロルくんかな!?」
「──ぎゃむっ!?」
一息ついた少年の背後から、何者かが不意打ちのように抱きついてくる。ショッキングピンクとビビッドグリーンに染めた髪を、人なつっこい猫のように頬へこすりつけてくる。
ケミカルな香水の甘ったるい匂いが、フロルの鼻孔をくすぐる。その瞳はカラーコンタクトだろうか、常人にはあり得ぬほど鮮やかなライトブルーだ。
「ボクは、ジャック。みんなには、スプリング・ジャックって呼ばれているかな。序列も一応、言っておいたほうがいい? 九位だよ、よろしくね!」
「こら、ジャック。じゃれつくのは、ほどほどにしろ。フロルが困っている……とっと席に付けってことよ」
「むー。おじさんばかりのところに、同年代のメンバーが入って嬉しい気持ち、ライゴウにはわからないかな? ま、それはともかく……ぴょーん!」
ジャックは、フロルの席の背もたれに両手をつくと、腕の力だけで勢いよく跳躍する。
長い三つ編みとフリルスカートを揺らしながら円卓を飛び越え、空中で身をひねり、ライゴウのさらに向こう側へと着席する。
「おうおうおう! 三下どもでずいぶんとにぎやかだ、これがな」
「会議まえは、いつもこんな調子だが? 相変わらず、さもしいことばかり気にする男だ」
「……ココシュカ、こいつと一緒とは珍しいことよ」
「さもしい勘違いをするな、ライゴウ。廊下で鉢あわせになっただけだが」
会話を交わしながら、さらに二人が円卓の間に入ってくる。一人は、暗い栗毛のストレートロングヘアにミリタリーコートを身につけた女性だ。
しかし、フロルにとっては、もう片方の男のほうが問題だった。遠目には縞模様にも見えるコーンロウと呼ばれる独特の髪型と、人を見下す目つきに少年は見覚えがある。たしか、名前は……
「……トゥッチ・ミリアノッ!」
勢いよく立ちあがったフロルは、黒い防刃コートの男をにらみつける。トゥッチと呼ばれた征騎士は、ひゅう、と口笛を吹く。
「おれっちの名前を知っているのか? クソガキにしちゃ上出来だ、これがな」
「そういうことじゃない……おまえ、セフィロトのエージェントだっただろ! なんでここにいるんだよ!?」
フロルは、声を荒げる。トゥッチ・ミリアノ。セフィロト社支配下のグラトニアを中心に活動していたエージェントだ。
「おれっちは、もともとグラトニアの産まれだ。セフィロト社には脅されて無理矢理従わされていたんだ、これがな」
「……レジスタンスの仲間を、たくさん殺しただろ」
「苦渋の決断だ、これがな」
「おまえが、同志を高笑いしながら撃ち殺した! 見たんだよ、僕はッ!!」
「どれだけクソガキがわめき散らそうが、痛くもかゆくもないぜ。ほかでもない皇帝陛下が許されたんだ、これがな」
激昂するフロルの横の席でココシュカと呼ばれた女軍人は、面倒ごとに巻きこまれるのはごめんだ、といった様子で腰をおろす。ライゴウは腕組みしたまま微動だにしない。
「どんな新入りが来ているかと思ったら……早速ケンカを売っているとは、ずいぶんと威勢がいい。なんなら序列十位のミーが手を貸してやろうかい、ボーイ?」
「いいね、ブラッド! それなら、ボクもフロルくんにつこうかな!?」
円卓の間の開け放たれた扉のまえに立つウェスタンスタイルの男が、テンガロンハットを傾けながら、にやりと笑う。ジャックは同調し、トゥッチは露骨に舌打ちする。
「下半分<アンダーハーフ>どもがイキりやがる……序列六位のおれっちに刃向かおうなんざ、束になっても万年早いんだ、これがな。まとめてハメ殺すぞ?」
「やめたまえ、諸君。覇気に満ち満ちているのは悪くないが、征騎士どうしの私闘は厳禁だろう。ブラッドフォード卿も、入り口をふさいでいないで席につきたまえ」
「アイアイ、ハカセ」
一触即発の空気を、理性的な声が制する。ウェスタンスタイルの征騎士に着席を促したのは、白衣にノンフレームの眼鏡を身につけたやせ気味の男だった。
「おれっちが元セフィロトエージェントだ、って新入りがうるさいんだ、これがな。おたくからも、なんか言ってやってくれ。序列二位、プロフェッサー・モーリッツ」
黒コートのトゥッチはフロルの、白衣のモーリッツは玉座の、それぞれ対面近くに着席する。卓上に大量の資料を置いたプロフェッサーは、立ったままの少年に顔を向ける。
「……ぼくも、元セフィロト社員だ。グラー帝の許しを得て、帝国技術局長としてこの席につくことを許されている……理解してもらえないだろうか、フロルくん。いや、フロル卿」
「卿……?」
「きみは、すでに征騎士となったのだろう? だからこそ、ここにいるわけだ。ぼくと同じく、義務と責任を帯びて」
白衣のプロフェッサーからあくまで理性的に語りかけられて、フロルはしぶしぶ腰をおろす。トゥッチが馬鹿にするように鼻を鳴らすと、技術局長の顔はそちらに向く。
「トゥッチ。きみも、なにかと序列を引き合いに出すのはやめたまえ。征騎士はグラー帝のまえに平等。序列は役割を示す便宜上のものだと知っているだろう?」
「おれっちは初めから了解済みだ、これがな」
「むー。トゥッチのやつ、絶対に反省してないだろ……今度、ボクが寝こみを襲ってやろうかな!?」
「おいやめろ、ヘンタイ小僧。どん引きのうえ安眠妨害だ、これがな」
ジャックとトゥッチの口げんかがヒートアップしていくなか、喪服のような黒いドレスを身にまとい、ぼさぼさの髪の女性が幽霊のごとくフロルの席の背後を横切っていく。
伸びすぎた前髪で目元まで隠れた女性は、ライゴウの左となりの席に腰をおろす。その口元は、ぶつぶつと何事か独り言をつぶやき続けている。
「貴君か、グラトニアの未来を担うフロル少年というのは! なかなかによい目をしているではないか!!」
「ぎゃむっ!?」
黒いドレスの女性に挨拶をすべきか迷っているフロルの背中を、何者かがたたく。あわてて振りかえると、そこにはテレビや新聞でよく見る顔があった。
アウレリオ・コンタリオ議長。専制君主制のグラトニア帝国において、人々の声を民主的に吸いあげるため設置された議会『陳情院』のトップだ。
「わたしの征騎士としての序列は、四位。しかし、フロル少年。この会議においては遠慮することなく、貴君の若い意見を是々非々で聞かせてもらおうではないか!」
「は、はい……ありがとうございます、議長さん」
フロルは、アウレリオ議長が握手を求めて、右腕を差し出していることに気がつく。少年は立ちあがり、それに応じる。
陳情院のトップは、笑顔で満足げにうなずいてみせる。フロルは、議長の目は笑っていないことに気がつく。
自分の席に向かうアウレリオ氏の背中を見ながら、少年はライゴウのほうが信用できそうだな、と思う。
三分の二の席がうまり、各々が銘々に会話を交わす円卓の間の喧噪は増していく。これで本当に会議が始まるのだろうか。フロルは疑問に思う。そのとき──
──キィンッ!
澄んだ小気味よい音が、大広間に響く。水を打ったように、征騎士一同が静まりかえる。フロルは、音の発生源を探る。
玉座のすぐ左隣、フロルの対面の席にはいつの間にか、イクサヶ原のサムライ装束に身を包んだ白髪の老剣士が、長尺の刀を携えて座っていた。
「花は桜木、人は武士……皇帝陛下のご到着なれば、少々かしましく御座候」
老剣士は静かに、それでいてよく響く声で言った。フロルは先ほどの音が、男の手の内にある長尺の刀の鍔鳴りだと理解する。
この白髪のサムライこそが『剣鬼』の異名を持つ、序列一位にして最強の征騎士──トリュウザであった。
→【会議】
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