【第7章】奈落の底、掃溜の山 (12/23)【穴掘】
【要撃】←
「ギ、ギィ……この穴、ワッカが……掘ったのか?」
「穴掘りは、発掘者<スカベンジャー>の得意技だら!」
誇らしげな声のワッカは、酸素ボトルを差し出す。アサイラは、感謝の言葉を告げる間もなく、荒く息継ぎをする。
清浄な空気が、アサイラの思考をクリアにしていく。
(あの野郎は、当然、このくらいで見逃してはくれないだろう……)
アサイラとて、やられっぱなしで終わるつもりなどない。一呼吸ついたアサイラは、酸素ボトルをワッカに返しつつ、話しかける。
「ワッカ、これから言うようなことはできるか?」
アサイラは、防護服越しにワッカに耳打ちする。小人の発掘者<スカベンジャー>は、うなずきを返す。
「……まかせるだら!」
「よし、いくぞ!」
───────────────
ガスマスクのエージェントは、電磁ネットの着弾地点に空いた穴に銃口を向けて、ゆっくりと旋回していた。
偶然の崩落にしては、あきらかに出来すぎだ。
戦闘に入る直前、ターゲットは原住民と行動をともにしていた。ならば、その協力によるものと考えるのが自然か。
プランの修正を思案するコンバットスーツのエージェントは、突如、自分の背後に気配を感じる。
「ウラア!!」
「……ッ!?」
エージェントが背にした地面に穴が空くと同時に、ターゲット──アサイラが、直上に跳び蹴りを放つような態勢で飛び出す。
ガスマスクのエージェントは、前転し、かろうじて致命的な一撃を回避する。
振り向きざまに三点バースト射撃をするが、機敏な身の動きのターゲットには命中させられない。
「チッ、かわされたか。まあ、かわすよな」
アサイラは、強がるような笑みを浮かべる。
コンバットスーツのエージェントは、アサルトライフルを構えつつ、真横に疾走する。フルオート射撃のトリガーを引こうとする。
そのとき──
「……ッ!!」
ボコォ、と音を立てて、進路の先をふさぐようにガレキの地面に穴が空く。
エージェントは、反射的に足を止め、方向転換しようとする。そのすきを突き、アサイラが間合いを詰める。
「ウラア……ッ!!」
フルフェイスのガスマスク側面めがけて、大降りの拳が襲いかかる。エージェントは後方に飛び退き、ぎりぎりでかわす。
牽制の三点バースト射撃を放とうとしたとき、足元からわずかな音が聞こえる。ふたたび、狙い澄ましたように穴が口を開く。
コンバットスーツのエージェントは、落下こそまぬがれたが、銃口の照準はずれ、弾丸は見当違いの地点を穿つ。
「ウ……ッ、ラア!!」
ミサイルのごとき勢いで、アサイラの跳び蹴りが飛翔する。
肩口にかすりつつも、かろうじて回避したエージェントは、間合いを取ろうと獣のように駆けはじめる。
先回りするように、ガレキの斜面に陥井が開く。
「チイ……ッ!!」
ガスマスクの下からでもわかるような舌打ちを響かせ、エージェントは腰のポーチからグレネードを取り出す。
信管を抜き、目前の穴の底へと放りこむ。コンマ五秒後、いままで空いた穴々から、一斉に白煙が噴き出してくる。
一番離れた穴から、ボロのような防護服に身を包んだ原住民──ワッカが、飛び出すのが見えた。
エージェントは、ターゲットの処理に移ろうと背後を振り返る。
その視線の先には、いままさに飛び迫る、アサイラの蹴りがあった。
「ウウゥゥゥ! ラアアァァァ!!!」
アサイラの渾身の跳び蹴りが、ガスマスクにおおわれた顔面に叩きこまれる。
ビル解体用の鉄球が直撃したかのような衝撃を受けて、エージェントは後方に十メートルほど吹き飛び、そのまま仰向けでガレキ野原に倒れる。
「やっただら!!」
離れた地点から一部始終を見届けていたワッカが、歓声を上げる。
アサイラは、蹴りの反動で後方へと跳び、着地と同時に残心の構えをとる。そのとき、アサイラは自分の右足の違和感に気がつく。
「……ッ?」
右足が、動かない。先ほどまでの戦闘で傷を負ったわけでも、着地のさいにくじいたわけでもない。
接着剤で張り付けられたかのように、右足の裏が地面から離れない。
額に冷や汗を浮かべるアサイラの視線の先で、漆黒のコンバットスーツを身にまとった敵が、ゆっくりと起きあがる。
「……『狩猟用足跡<ハンティング・スタンプ>』」
ガスマスク越しのくぐもった声で、しかし確かに、エージェントはそう言った。
→【固着】
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