【第9章】サムライ・マイティ・ドライブ (8/9)【鉄馬】
【再動】←
「いよう、ツバタ。リターンマッチだろ」
蒸気バイクの主──ナオミは、エンジン音に呑みこまれるほどの小声でつぶやく。
敵陣が、見慣れぬ乗騎に対する混乱から復帰するまえにしかけようと、車輪を高速回転させる。急発進した車体が、ナオミの重心移動によって飛蝗のように跳ねる。
「ぐえッブ!?」
先陣の迅脚竜の上方から、鉄馬が落下する。タイヤの回転と車体の重量に巻きこまれて、騎竜と乗り手の頭部が挽き肉に変わる。
ナオミは、バイクの速度を維持したまま、首無し死体と化したサムライの太刀を奪う。鞘から白刃を滑らせ、反対側にいるサムライを逆袈裟に斬りつける。
「ぎゃブッ!」
「がヘェ!?」
「びギョばッ!!」
赤毛のバイクライダーは、未経験の軌道に戸惑う武者たちを、次々と斬り伏せていく。一人しとめるたびに、相手の刀を取り上げ、集めていく。
いち早く恐慌から復帰した武士が、ナオミに向かって大槍を突き出す。赤毛の操縦手は、車体を傾け、バイクの胴体で矛先を受ける。
──ガ、キイィィンッ!
甲高い金属音が、森のなかに響きわたる。大槍がへし折れ、穂先が地面に突き刺さる。一方、フルオリハルコンフレームの車体には、傷ひとつない。
ナオミは、鉄馬を横方向に回転させ、その勢いを乗せた斬撃で、相手の騎竜の首をはねとばす。騎手は、恐竜とともに地面に倒れこむ。
「グッド……ブランクを感じさせないだろ、相棒」
瞬く間に敵兵のおよそ半数を斬り捨てれば、残りのサムライたちもおよび腰になる。ナオミは、遠巻きに自分を包囲する敵兵たちを一瞥する。
赤毛のバイクライダーは、拾い集めた十本ほどの刀を小脇に抱え、車体をツバタの騎竜『跋虎<ばっこ>』のほうに向ける。ためらうことなく、スロットルをひねる。
「喰らいなアァァ──ッ!!」
ナオミは絶叫する。蒸気バイクが、暴威竜に向かって突貫する。速度と馬力を乗せて、十本の刀を巨竜の片足、そのすねに穿ちこむ。
「グルギャアアァァァ!!」
「ヌ、ヌヌ、ヌーッ!?」
巨竜『跋虎<ばっこ>』が、悲鳴をあげつつ、身をよじる。頭上に陣取るツバタは振り落とされまいと手綱にしがみつき、アサイラは革鞭を強く握りしめる。
「まだまだァー!」
地団駄を踏む両脚と、でたらめに振り回される太尾をかいくぐりながら、ナオミの鉄馬は、暴威竜の周囲を旋回する。
ふたたび、『跋虎<ばっこ>』の正面に陣取ると、思い切り重心を後ろに傾ける。前輪を掲げあげて、後輪のみ接地したウィリー走行で、巨竜に迫る。
「こいつでッ! どうだアアァァァ──ッ!!」
暴威竜のすねに釘のように突き刺さった刀へ、バイクの前輪をハンマーのように叩きつける。根本まで打ちこまれた刃は、骨まで届き、粉砕する。
「アギャオオォォォンッ!!」
断末魔のごとき金切り声をあげて、『跋虎<ばっこ>』は真横に倒れこむ。巨体が周囲の樹々を巻きこみ、へし折り、土煙が立ちこめる。
暴威竜の頭上にいたツバタは、アサイラとともに鞍から空中へと振り落とされる。
「ヌッ。まずい。引き時だ──ン!」
滞空しながら、ツバタはつぶやく。うまく受け身をとって着地し、混乱に乗じて森にまぎれ、『げえと』のもとまで後退する。
そう考えた武将の右腕が、強い力で引っ張られる。ツバタは、自分の手首が竜革の輪で捕らえられていたことを思い出す。
武将の上方、土煙の向こうに人影が見える。先刻まで殴り合っていた青年が、革鞭をたぐり寄せつつ、ツバタのほうに落下してくる。
「ウラアァァ──ッ!!」
「ぬあッぶ!?」
着地と同時に、アサイラはサムライの顔面に、瓦割りのごとく拳を叩きつける。武将の鼻の骨が折れ、兜が吹き飛ぶ。青年はマウントをとり、なおも拳を振りおろす。
「ウラララァ! ウラアッ!!」
「あッががゴがッ!?」
アサイラの鉄拳を何度も叩きつけられ、顔面を腫れあがらせ、前後不覚になりながらも武将は未だ意識を保っている。
サムライのタフネスにあきれ果てながらも、アサイラは顔をあげる。蒸気バイクにまたがったナオミと、視線が交わる。
「ああ、悪い。こいつを借りていた」
右手に巻きつけた投げ革を、アサイラは掲げてみせる。ナオミは、笑いかえす。青年は、ふたたびツバタを殴りはじめる。
「いいだろ、それ。手を貸してくれた礼に、やるよ」
赤毛のバイクライダーはそういうと、鉄馬のエンジンをふかす。ヘッドライトを、砦とは反対、湖の方角へと向ける。
蒸気バイクを走らせようとして、ナオミは思い出したように動作を中断し、アサイラに対して顔を向ける。
「アサイラ。テメエの探しものは、湖の底にある」
「そうか」
「そいつは、もうテメエ一人でだいじょうぶだろ……ウチは、行くよ」
「そうか……ウラアッ!」
「ま、待て、やめ……ぶグわッ!」
油断なく、執拗に、ツバタへと拳を振りおろし続けるアサイラを背に、ナオミは蒸気バイクを湖畔へ向かって走らせた。
→【出立】
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