【第2部21章】蒸気都市の決斗 (2/8)【後塵】
【追随】←
「メロ……どうかしら!?」
加速する白銀の上位龍<エルダードラゴン>の背にうつ伏せの格好でしがみつきながら、ミナズキが問う。メロは、ひざ立ちの体勢で髪を揺らしながら、後方を監視し続けている。
「ダメなのね! ぜんぜん引き離せない……もう、ほとんど真下につけられているッ!!」
『手加減して飛んでいるつもりは毛頭ないのですが……相手も、なかなかのやり手のようですわ……ぐヴッ!?』
龍態のクラウディアーナの駆体が、大きく揺れる。追跡者は、建物の屋根を蹴って跳躍し、白銀の上位龍<エルダードラゴン>の六枚翼のひとつに一撃を叩きこんだ。
『こ、れ……は!?』
龍皇女は、苦悶混じりの困惑した声音をこぼす。龍翼のうちの一枚が、けいれんしたように不自然にねじれ、見るからにクラウディアーナの意志に従わなくなっている。
白銀の上位龍<エルダードラゴン>が空中でよろめき、飛翔速度が落ちる。ビルの屋上から屋上へと跳びわたる追跡者は、そのまま龍皇女を走り抜き、ふたたび跳躍する。
龍態のクラウディアーナの滑空進路を妨げるように宙を舞う人影を、ほかのふたりに劣るミナズキの動態視力もかろうじて捉える。こちらに乗り移ろうとしている。
「ええーいッ!!」
激しく揺れるドラゴンの背のうえで、メロはアクロバティックに身をひねりながら、両手に握るリングの片方を投擲する。ぎゅん、と回転速度を増しながら輪は標的へと肉薄する。
まるで空気を蹴るように、追跡者の影が真横に飛び退き、メロの一撃を回避する。魔法少女の輪投げは空振りに終わるが、かろうじて相手の乗り移りも阻止される。
「まだまだァ──あッ!?」
「──きゃあ!!」
逆手のフラフープで追撃しようとしたメロは、ミナズキがドラゴンの背からすべり落ちそうになっていることに気がつく。とっさに投擲を中断すると、エルフ巫女の腕をつかみ、身を支える。
「ごめんなさい、メロ……せっかくの機会を……」
「おっとっと……ミナズキさん、そんなこと言っている場合じゃないのね!?」
龍の腹の下側から、市民たちの悲鳴が聞こえてくる。バランスを崩した白銀の上位龍<エルダードラゴン>の巨体が、ビルの屋上をかすめる。
白銀の上位龍<エルダードラゴン>は、六枚中五枚の翼を大きく羽ばたかせる。乱暴に空気をかいて、どうにか揚力をつかみ取る。
蒸気都市の往来を逃げまどう人々は、強い下降気流にあおられて、身をかがめる。蒸気自動車が横転し、ビルの外壁がはがれ落ちる。それでも、都市へのダメージは最小限におさえられる。
クラウディアーナは、かろうじて体勢を立てなおし、都市の密集部への墜落をまぬがれる。しかし、追跡者による一撃を根本に受けた翼は、いまだ機能を回復していない。
『なにか、を……体内へ埋めこまれた、ようですわ……』
龍皇女が、苦しげにうめく。メロは、ミナズキに肩を貸しながら、けいれんする龍翼をあおぎ見る。
「でも……動かなくなった羽には傷もないし、血も出ていないのね!?」
『不可視の、なにか……魔法<マギア>とも、違う……おそらくは、転移律<シフターズ・エフェクト>ですわ……』
追跡者は、速度の落ちた白銀の上位龍<エルダードラゴン>を追い立てるように、建造物のうえを跳びわたりながら、執拗なジャンプ攻撃をくりかえす。まるで四肢がバネでできているかのような動きだ。
クラウディアーナは、龍の身体を左右に振って、敵の対空攻撃をかすめながら回避する。龍皇女たちは蒸気都市中心部を越え、雑然としたスラム、『街区』の上空へ至る。
『ちょこざいな……狼藉者はわたくしの六枚の翼、すべての動きを封じて、地面へ引きずり落とす算段ですわ……ッ!』
「そんなことされたら、『街区』の人たちが巻き添えになっちゃうのね……! ここらへんには、シスター・マイアの孤児院もあるのに!!」
息を切らしながら追跡者の目論見を口にしたクラウディアーナに対して、メロは悲鳴じみた声をあげる。激しい空中軌道に翻弄されるミナズキは、小さく唇を動かす。
「龍皇女陛下の御力で……どうにか応戦することは、できないかしら……?」
『ミナズキの言うとおりにしたいのは、やまやまですわ。しかし……狼藉者の動きが速すぎます。的確に狙いを定めることができない……かといって広範囲に吐息<ブレス>を撃ちこめば、無関係の住人たちまで巻きこんでしまう……』
「そんな……手の打ちようがない、ってことなのね!?」
ミナズキの提案に対するクラウディアーナの返答を聞いたメロは、悔しげに歯噛みする。魔法少女に身を支えられるエルフ巫女は、決意をたたえた表情で顔をあげる。
「でしたら、龍皇女陛下……此方を、降ろしてください……追っ手を足止めします」
長耳の符術巫の強い意志がこもった言葉に、魔法少女は目を丸くする。
「ミナズキさん、なにを言っているのね!? ここはメロの街なんだから、敵を喰い止めるならメロのほうが……」
「いえ……足止めならば、此方の能力のほうが向いています……違うかしら?」
「だったら、メロも一緒に戦うのね! ミナズキさん、追っ手の動きだって、目で追えていないでしょ!?」
旅の仲間の反論に対して、長耳の符術巫は首を横に振る。
「此方たちは、まだ目的地へ足を踏み入れてすらいない……この先も、なにが待ち受けているかわからない……メロ。龍皇女陛下をおひとりで向かわせるわけには、いかないのではないかしら?」
ミナズキの意志を聞いた魔法少女は、判断をあおぐように自分たちの乗るドラゴンの後頭部へ視線を向ける。超常のたてがみが、乱気流に振り乱れる。
『……わかりました、ミナズキ。そなたに任せます』
わずかな思案のあと、クラウディアーナは決断する。
『ただし、命を粗末にするようなことは、決してないように……』
「ミナズキさん、気をつけるのね。無理はしなくていいから……必ず追いついてきて! なにか困ったことがあったら、シスター・マイアを頼ってくれれば、力になってくれるはずだから! それと……!!」
龍皇女の言葉をさえぎるように、メロはエルフ巫女にまくし立てる。ミナズキは着地の体勢を整えつつ、旅の仲間にうなずきを返す。
「はい……ふたりとも、ありがとうございます」
白銀の上位龍<エルダードラゴン>は、スラムの集合住宅の上部をかすめる。魔法少女に補助されながら、エルフ巫女は龍の背からすべり降りる。
ぽつぽつと雨が降り出すなか、ミナズキはよろめきつつも二本の脚で屋根のうえに立ち、前を見据える。通りを挟んで対面の建物のうえから、きゅっ、と足音が聞こえる。
先刻まで、文字通り目にも留まらぬ速さで跳躍していた追跡者……灰色のレインコートを羽織った人影が足を止め、正面からエルフ巫女へと顔を向けていた。
→【閉塞】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?