【第2部29章】至高の騎士、最強の刃 (14/16)【血河】
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イクサヶ原には、武芸者という人種がいる。
農民や商人など武家の産まれではなかったり、あるいは親がサムライであっても末子であるがゆえに領土や官職を受け継げなかったりしたなかで、個人的に武術の技を研鑽するものたちだ。
出自同様に、武芸者の目指すところも様々だ。実力を示して大名家への仕官を目指すものがもっとも多いが、傭兵や用心棒としての暮らしで満足するもの、盗賊まがいの行為に手を染めるもの、なかには命をかけた戦いに純粋に魅入られたものもいる。
ともかく若き日のトリュウザは、居場所を失ったのち、イクサヶ原を放浪して、名うての武芸者に勝負を挑んでまわった。
武芸者の得物は刀に限らず、槍や斧、弓矢、なかには鎖鎌のような変わり種を使うものもいた。トリュウザは興味を惹かれたが、それだけだった。いずれも、大名家を滅ぼした若者の命を、おびやかすには至らなかったからだ。
武芸者を100人ほど斬ったあたりで、ますますトリュウザの名は知れ渡るようになり、しきりに決闘を挑まれるようになった。
しかし、500人ほどを返り討ちにすると、今度は逆に恐れられ、誰もトリュウザとは戦いたがらなくなった。
死合う相手に困った若者は、大名同士の合戦場に向かった。どちらかに組みするためではない。あくまで、戦うため、斬りあいをするためだ。
トリュウザは、千を越える軍勢のぶつかりあう前線に、単身、突っこんでいった。誰の味方をするでもなく、刀を振るい続けていたら、気がついたときには両軍は全滅していた。
合戦場で暴れること数度、浄とも不浄とも言い難い奇妙な名声は、ますます高まり、剣の腕を見込んで召し抱えようとする大名家も、いくつか現れはじめる。
仕官の誘いを持ってきた使者に対して、まずトリュウザは手合わせを求めた。使者の半分は刀を抜いた瞬間に首をはねられ、そこから残った半分は3度斬り結ぶうちに急所を突かれて落命した。
極々少数、わずかながらトリュウザを楽しませるサムライもいるにはいたが、生き残り、話を伝えるに至ったものは、ついぞ現れなかった。
その間も、たびたびトリュウザは合戦場を荒らした。いつしか、多くの配下を抱え、領地を支配する大名たちのあいだでも、並外れた剣士に対する賞賛より、恐れの感情が強くなっていく。
あるとき、ひとつの大名家がトリュウザを宴に招いた。しこたま酒を振る舞い、酔いつぶしたうえで、毒まで盛り、壮年の剣士を斬り捨てようとした。
それでも、殺せなかった。猛毒と泥酔をもってしてもトリュウザの斬術が曇ることはなく、酒宴という名の暗殺の場にいたサムライを皆殺しにした。ひとつの大名家が、消滅した。
あるとき、腕利きと評判のニンジャの一団が、トリュウザの寝込みを襲った。月のない夜闇のなか、忍のものどもを返り討ちにして、ひとりだけ生かして拷問し、依頼主を聞き出した。
2日後、忍の里が、3日後、暗殺を依頼した大名家が、それぞれ消滅した。
またあるとき、複数の大名家が協議のうえ、精鋭を編成し、トリュウザへ討伐隊を差し向けた。いずれも武勇の誉れ高いサムライたちが100人ほど、荒野で壮年の剣士と対峙し、そして敗北した。10日後、5つの大名家が消滅した。
トリュウザの行いは、サムライたちに搾取、蹂躙される百姓たちを救うことも、結果としてあった。だが、多くの場合にいて、壮年の剣士の名……トリュウザは、死と恐怖の代名詞であり、天災と同列の扱いを受けるようになっていった。
サムライも、そうでないものも、人々はトリュウザを『剣鬼』と呼び、畏れ、避けるようになった。
壮年と呼ばれる歳も中頃を過ぎ、人生の先に老いの影がちらつきはじめても、トリュウザの剣の冴えは衰えを知らず、むしろ天井知らずに鋭さを増していった。
『剣鬼』と呼ばれるようになった男は、なおも強者との戦いを求めた。もはや他の生き方は知らず、理解することもかなわなかった。
人間が己を避けるならば……と、トリュウザは人里を離れて、深い谷や高い山へと分け入り、そこに棲まうヌシと呼ばれる野生恐竜に死合を挑んだ。多少は、楽しめた。
だが、ヌシ狩りの時間も長くは続かなかった。そもそも恐竜のなかでも特に強い個体は絶対数が少なく、すぐに斬り尽くしてしまった。
東屋のごとき庵を住処としつつ、ヌシ狩りの過程で見つけた恐竜の卵を気まぐれで孵し、育てながら、どうしたものかとトリュウザは思いを巡らした。
ふと、若きころに死合った武芸者のひとりの言葉を思い出した。その男は、イクサヶ原の外から来た稀人……次元転移者<パラダイムシフター>を名乗っていた。魔法<マギア>なる、見慣れぬ妖術を使っていた。
強さの程度でいえば、中の下といったところだったが、奇妙な武芸者の残した言葉が、いまになって鮮やかによみがえる。その男は、ドラゴン──イクサヶ原では絶滅した真龍の生きる次元世界<パラダイム>の出身だと言った。
「──ふむ。真龍」
トリュウザは、立ちあがった。卵から育てた恐竜、成体の飛翔竜──ほかの次元世界<パラダイム>ではプテラノドンと呼ぶのだと、のちに知った──を己の騎竜とし、世界の壁を越えた。
もはや老いに片足を踏みこんだ『剣鬼』は、虚無空間を独力で渡りきり、未知の次元世界<パラダイム>、フォルティアへと到達した。
産まれてはじめて見る空を舞うドラゴンたちの姿に昂奮を覚えながら、現地人に特に有力な龍の所在を尋ねた。
異境から来た剣士の問いに現地人は、フォルティア全体を統べる龍皇女、西方を支配する暴虐龍、南洋に君臨する厄災龍の3頭の名をあげた。トリュウザは、産まれてはじめて胸の踊る感覚を味わった。強者がいる。それも複数!
『剣鬼』はとりあえず、もっとも手近の、厄災龍の寝床である火山島へと向かった。自ら火口へと飛びこみ、溶岩の煮えたぎるなか、巨大なドラゴンと斬り結んだ。
トリュウザは、言葉にならない高揚を覚えつつ死闘を演じ、ついには厄災龍をしとめた。勝利の証としてドラゴンの屍から背骨を抜き取り、イクサヶ原に持ち帰り、刀鍛冶に『龍剣』を鍛造させた。
この世、いや宇宙には、未だ見ぬ強者がいることを、『剣鬼』は己の目で確かめた。血湧き肉踊り、はやる心を抑え、次なる闘争に備えるべく、『龍剣』を使いこなすための鍛錬に励んだ。
あの女狐……グラトニア帝国の使者を名乗る『魔女』から接触されたのは、このころだった。
→【焼尽】
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