【第13章】夜明け前戦争 (12/12)【反攻】
【秘策】←
「うおああぉぁぁ──ッ!!」
草原の丘陵に、雄叫びが響きわたる。クモの子を散らすように潰走するセフィロト企業軍の戦線を突破し、『龍都』陣営の人間たちが斜面を駆けおりていく。
稜線の向こう側には、迷彩模様の大きな陣幕が張られている。セフィロト社側の前線拠点であるが、見張りの姿はない。
突撃の勢いのまま、『龍都』の戦士たちは幕屋のなかに踏みこんでいく。
「……なんだこりゃあ?」
槌を手にした髭面の男が、つぶやく。テントの内部には、この次元世界<パラダイム>の人間には見慣れない機材──コンピュータ類が置き去りにされている。
いまだ稼働しっぱなしのモニターの光が、陣幕の内部を照らしている。しかし、そこに本来いるはずの操作者である人間の姿はみじんも見あたらない。
「壊しちまったほうがいいかな、これは……」
「……だめだな。こちらにとっては、貴重な鹵獲品だぞ」
大剣を振りかぶった若い冒険者を、凛とした女の声が制止する。戦士一同が振り返ると、そこには指揮官である獣人──シルヴィアの姿があった。
「次元転移ゲートで、逃げ出したあとか……だが、機材をそのままにしていったところを見ると、相手方も相当にせっぱつまっていたようだな……」
獣人の女戦士は、陣幕のなかの様子を見回しながら、ひとりごちる。シルヴィアの鋭い眼光が、『龍都』陣営の男たちを一瞥する。
「人間の戦士たちは、周囲の警戒と残党の捕縛に向かえ! ドラゴンは、負傷者を背に乗せて『龍都』に搬送……ねんのため、まだ飛行はするな!!」
もはや、指揮者としてのシルヴィアを疑う者はいない。皆、獣人の女戦士の言葉に従って、次の行動へと移っていく。
天幕のそと、上空から翼の羽ばたき音が近づいてくる。シルヴィアは、己の呼吸と鼓動の律動が次第にゆるんでいくのを感じながら、表へ出る。
六枚の白銀の翼に朝陽を反射させながら、巨大なドラゴンが天より降下してくる。龍が陣幕のまえに着地すると、その背にうずくまるアサイラの姿が見える。
「マスター……ッ!」
獣人の娘は、思わず声をあげる。白銀の龍の背にひざをついていた青年は、ふらつきながら立ちあがる。その肩には、龍と同様に白銀に輝く大剣が担がれている。
「シルヴィア……そちらは、うまくいったか……」
「……マスターのほうこそ!」
アサイラは、ドラゴンのうえから飛び降りる。シルヴィアは、豊満な乳房で受けとめるように青年をキャッチする。
「ごくろうさまだわ。誰にも欠けが出ずに、撃退できたようでなにより」
「さもありなん……鉄火場ってものは、なんど見ても見慣れぬものよな」
六枚翼の龍の向こう側から、また別の女たちの声が聞こえてくる。
ドラゴンの巨体の影から現れたのは、紫色のゴシックロリータドレスに身を包んだ『淫魔』と、着流しの女鍛冶リンカだった。
仲間たちの姿を見たアサイラは、ようやく安堵したのか、体重を預けていたシルヴィアから身を離し、その場に腰をおろす。
「アサイラ……は、動けそうにないか。シルヴィア、セフィロトのコンピュータが残っているんでしょう? 私の『部屋』に運んでほしいのだわ」
「ん、かまわないのだな。でも、なんのために……」
『……アリアーナ!』
足下の人間たちの会話を後目に、六枚翼の白銀龍は首をあげ、少し離れた場所から様子を見守っていた別の純白のドラゴンに声をかける。
『側近龍たちと、手すきの魔術師を召集なさい。わたくしと我が伴侶の傷を、至急、癒してもらいますわ』
『御意に、龍皇女殿下』
『そして、傷と疲労の回復が済み次第、セフィロトに対する反攻作戦を決行します!』
六枚翼の白銀龍──龍皇女クラウディアーナは、声高らかに宣言する。
その場に居合わせた次元転移者<パラダイムシフター>たちは、険しげな視線を上位龍<エルダードラゴン>に向けつつも、意義を唱えることはなかった。
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