【第2部19章】終わりの始まり (4/8)【扇動】
【冒涜】←
「カマルク氏族のドヴェルグたち、それに我が理念に共鳴して集まった皆の衆……決起のときは、来た……故郷の空を取り戻す、祖先からの悲願を果たす……ッ!」
鎧兜を身につけた巨体の氏族長が、大声を張りあげる。大入道のまえには、地下採掘場跡の巨大空洞が広がり、およそ千人ほどの若いドヴェルグたちが整列している。
直立姿勢で氏族長の言葉に耳を傾ける地底の住人たちは、皆、盾や斧、鎚などで武装し、いまにも戦いにおもむかんと言わんばかりの様相だ。
然り。この地下空洞に集合したドヴェルグたちは、戦乙女との直接対決を主張する急進派勢力の筆頭、グスタフ氏族長に共鳴して集まった血気盛んな若人たちだ。
地下世界で密かに戦闘訓練を積み、決起のときをいまかいまかと待ち続けていたドヴェルグたちは、大歓声で氏族長の言葉に応える。
「戦乙女どもとの戦争が休止して、長いときが流れた……現在となっては、あの戦いを直に見たことがあるドヴェルグは、わしくらいのものだろう……若い世代のなかには、戦乙女と共存すべき、などとぬかす臆病者も現れるようになった……」
低く、それでいてよく響く声で、巨躯の氏族長は群衆に語りかける。若人たちは、耳を澄まして、指導者の次の言葉を待ち受ける。
「だが、ここに集まった者たちは違う! わしは、確信しておる……あのとき、ドヴェルグが戦乙女より受けた辱めを忘れることなく、種族の憤怒と怨恨を受け継ぐ勇士たちだと信じておる……ッ!!」
老ドヴェルグが、野太い腕を振りあげる。ふたたび、熱狂的な大歓声が地下空洞に反響する。巨体の氏族長は、聴衆が静まるのを待って、次の言葉を口にする。兜の影に隠れた双眸の様子は、うかがえない。
「背に羽を生やし、華奢な腕にも関わらず武人を気取る不遜な女ども……やつらが、ドヴェルグを地の底に押しこめ、自分たちは雲のうえに居座り、わしらを見下すようになって数百年……我が種族の無念を、いまこそ晴らすべしッ!!」
老ドヴェルグの言葉を聞いて、腹の底にためこんでいた鬱憤を若いドヴェルグたちは口々にわめき立てる。巨躯の氏族長は今度は群衆が静まるのを待たず、熱狂に燃料を継ぎ足すように、さらなる大声で言葉を重ねる。
「皆の衆も知っての通り、今日という時のために、わしは異郷の闘士たちの協力を取りつけた! 戦乙女どもが安全圏と思いこみ、ふんぞり返る浮遊城を、地にたたき落とす術を、わしらのもとへ持ってきた!!」
大歓声が止まぬなか、巨体の老ドヴェルグは、つまらなそうに腕組みして喧噪を眺めるグラー帝とその側近たちを腕で示す。
続いて大入道は、アサルトライフルと大型グレネードランチャーを装備したグラトニア帝国の甲冑型パワードスーツ兵、およそ100名へと視線を向ける。
最新鋭の技術<テック>による装備に身を固めた帝国の戦力たちへ、若いドヴェルグたちの期待と羨望のまなざしが注がれる。
「海風はドヴェルグの背中より吹いている! この機に立たずして、いつ決起しようか!? いざ行かん、我が同胞たちよ!! ドヴェルグの故郷を、いまこそ取り戻せ──ッ!!!」
ひときわ熱狂的な大歓声があがると、ドヴェルグの戦士たちは規律正しく隊列を組み、地上へ向けて力強い進軍を開始する。
グラトニア帝国兵がその後方に続き、がらんとなった地下空洞には巨躯の老ドヴェルグとグラー帝、その側近たちのみが残される。
「……見事な演説だったのさ、プロフ」
「練習してきたからね。付け焼き刃にしては、悪くなかっただろう」
征騎士ロックが同僚に声をかけ、白衣のプロフェッサーは巨体の氏族長のほうを見やる。老ドヴェルグは先ほどまでの熱狂が嘘のように、電源を喪失したロボットのごとく虚空を見つめ続けている。
「正直、うまく片がついてほっとしている……原稿作成から、スピーチの練習まで議長につきあってもらったんだ。研究発表なら慣れているんだが、アジテーションは勝手が違う」
「はたから見ているぶんには、同じようなモンなのさ」
「経験のない人間は、皆、そう言うだろう……まあ、聴衆の半分ほどは『脳人形』だったわけだから、マッチポンプであることは否定しないよ」
まるで自分ごとのように、序列2位の征騎士はつぶやく。扇動した老ドヴェルグの脳は、いまや白衣の科学者のコピーであり、その肉体は彼の分身に等しい。
「そういや、ココシュカはどうしたのさ。天空城攻撃のフォローに、まわさなくていいのか。遊ばせておく理由はないだろう?」
「……連絡が途絶えたよ。ほぼ同時に、彼女のターゲットである次元跳躍艇の転移<シフト>する導子波長が測定された。ミッションに失敗して、殉死したと見るのが妥当だろう」
「あー。そういや、ばたばたしていて、ココシュカには『死禁錠<デス・ジェイル・ロック>』を付けていなかったのさ。間が悪いこった。それは、そうと……」
征騎士ロックは、まるで他人事のように洞窟の天井をあおぐと、グラー帝の影に隠れるようにたたずむ深紅のローブの女……『魔女』のほうへと視線を向ける。
「……どうりで、機嫌が悪かったわけだ。すたこらさっさと『イレギュラー』を逃がしたことが、そんなに悔しいのさ、『魔女』?」
「黙りなさい、征騎士ロック。いまは、この次元世界<パラダイム>の蛮族どもの制圧が最優先なので……」
「私情で征騎士ひとり動かして、ついでに抜け駆けしておいて、よく言うのさ……ま、オレな、ほいさっさと自分の任務は片づけた。あとは、地上部隊のお手並みを高見の見物だ」
深紅のローブの女の返事はない。グラー帝は、側近たちの不穏な会話は意に介さず、白衣のプロフェッサーは導子通信機に手を伸ばす。
征騎士ロックは後頭部で腕を組み、背筋をそらしながら、これから凍原に広がるであろう阿鼻叫喚の地獄絵図を思い浮かべて、にやりと笑みを浮かべた。
→【醜足】