【第2部15章】次元跳躍攻防戦 (16/16)【大蛇】
【旋空】←
「どういうことだ! これだけ雹の嵐が吹き荒れながら、小官に当たらないなどあり得ない話だが!?」
たとえささやかなことでも、起こりえない事象が目のまえにあるのならば、無視してはならない。戦場ならば、なおさらだ。そこに、何者かの意図が潜んでいる。現状なら、自分以外の……
「……確かめる必要があるのは、間違いないのだがッ!」
『旋空大蛇<オロチ・ザ・ヴァイパー>』を大蛇形態で走らせている状態では、センサー類を確認できない。自分の五感だけが、頼りだ。ココシュカは、周囲の状況に神経を張り巡らせる。
高速走行による風切り音、氷の粒同士がぶつかり砕ける音、無機質の長虫が岩壁をこする音……雑音が多すぎる。聴覚は、あてにならない。嗅覚、味覚は言わずもがな。
触覚は、ささやかな異常を教えてくれた。あとは、視覚で仔細を確かめるほかない。女軍人は首を巡らせ、全周囲に対して視線を走らせる。
「前方! 原住民の羽虫だがッ!?」
金属製の大蛇と敵船に先行するように飛翔する、有翼の姫騎士を発見する。こちらに背を向け、正面へ盾を掲げ、防御力場を展開している。
「なんのために……氷の粒から、敵船を守る必要があるとは思えないのだが……ッ!?」
瞬間、ココシュカは純白の翼の生えた戦乙女の背が、かすむことなく見えていることに気がつく。反射的に、敵船のほうを振りあおぐ。視界が、通っている。
「自らが『傘』となって……氷片を防ぎ、射線を確保したというのか! さもしい連中め……向こうから撃てるということは、当然、小官にも可能なのだがッ!!」
女軍人は無機質の長虫に念じて、搭載機銃を動かそうとする。敵船の甲板のうえには、ひざをついてスナイパーライフルをかまえる獣人娘の姿がある。
「あの娘……狼の耳……どこかで見たような気がする、のだが……」
ココシュカは、目を細める。女軍人の胸中に、一瞬だけ、戦場にふさわしくない感傷が去来する。それが、命取りとなった。
──タンッ!
「うげブ……ッ」
針を撃つような鋭い発砲音が、断崖に反響する。ココシュカが、うめく。機銃掃射を開始するよりも、わずかに早く狙撃手がトリガーを引いた。
銃弾が女軍人の眉間から頭蓋を貫通し、脳髄をシェイクする。ココシュカは、遅れて己の不覚を悟る。
金属製の大蛇の背のうえで、ぐらり、と女軍人の身が揺れて、谷底へ向かって転がり落ちていく。
「早撃ち勝負に……負けたか。小官の……不覚、だが……」
栗色のストレートロングヘアをはためかせながら、ほとんど垂直の断崖を女軍人の身体はすべり、突き出た岩にぶつかってバウンドし、雪だまりのうえに仰向けで沈みこむ。
なま温かい血が、ごぷごぷと頭にあいた孔からあふれ出ていくのがわかる。痛みは、感じない。まだ、おぼろげに意識は残っている。それも、遠からず消えるだろう。
かすむ視界の先に、上昇軌道へ乗ろうとする敵船の影が見える。ココシュカは、届かぬ星をつかもうとするかのごとく、手を伸ばす。
「炸薬のように、いさぎよく燃え尽きるのも、悪くはない……意外と、悔いのない人生だが……そうだな……あえて、思い残すことが、あるのなら……」
瀕死の女軍人は、まだかろうじて動く眼球を回転させて、岩壁のほうへ視界を向ける。操縦手を失い、戸惑うようにのたうつ無機物の長虫の姿が見える。
「小官は、もう……一緒に行けない、ようだが。まだ……間に合う。おまえは、敵船を追え……逃が、すな。一人でも、行けるはず、だ……」
ココシュカは、己の半身である金属製の大蛇に向かって手を伸ばそうとする。ぴくりとも四肢は動かないが、思念は通じたと確信する。
己の翼が最強であることを証明する、それが女軍人の悲願であり、生きる目的だった。見届けることができないのは無念だが、それでも、愛機は願いをかなえられる。
「『旋空大蛇<オロチ・ザ・ヴァイパー>』……おまえは、おまえなら……小官なしでも、できるはず……出会うまえから、あんなにも気高かったのだから……」
無機物の長虫が敵船へ獰猛に跳びかかり、獰猛に横腹を食い破るさまをココシュカは夢想する。その光景を網膜に焼きつけて、瀕死の女軍人は逝こうとする。
だが、消えかかる視界の果てにいた金属製の大蛇は、ココシュカの思惑とは異なる動きを見せる。無機質の長虫は、身をくねらせ、180°進行方向を反転する。
「さもしい、やつ、め……」
瀕死の女軍人は眼球を見開き、その後、目を細める。異形の姿をとる愛機『ヴァイパー』が、自分のもとへ駆けつけてくる。
「馬鹿か……命令、違反、だ……それが、わからぬ、おまえでは……ない、はず、だが……」
金属製の大蛇は、己の乗り手を守るように、ココシュカを中心としてとぐろを巻く。瀕死の女軍人は、引きちぎられたケーブルのような異形の頭部をなでようとする。
ココシュカの手は、ぴくりとも動かない。それでも、思念は届いたと確信する。やがて瀕死の女軍人の呼吸と心臓の鼓動が止まり、ほぼ同時に金属製の大蛇も動かなくなった。
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