【第2部20章】空を駆ける銀色の稲妻 (4/4)【散開】
【傭兵】←
『なんとなればすなわち、このまま敵戦力によって張り付けにされてはかなわないかナ。シルヴィアとリンカくん、および『スカーレット・ディンゴ』は、敵の第3波のまえに本艦から離れて、それぞれ指定ポイントへと向かってほしい』
『グッド。雑兵相手じゃ、退屈しはじめていたところだろ』
ナオミはハルバードに取りつけられた鎖を引っ張り、魔銀<ミスリル>の長槍を手元に引き戻す。
『あたしゃ、砲手席のお客を運んだらドミンゴ団の救援へ行くよ。かまわないな?』
朱色の戦車を駆るマム・ブランカが、故郷の次元世界<パラダイム>で率いていた愚連隊の名を口にする。『スカーレット・ディンゴ』には、いま、リンカが同乗している。作戦ポイントまでの輸送が、戦車乗りの老女と交わした契約だ。
『大いにやってくれたまえ、マム・ブランカ! キミたちがアストラン方面で暴れてくれれば、我々にとってもいい陽動になるかナ……本艦も別働隊の囮となるべく、前進を維持する。各人、傍受の可能性があるため、以降の導子通信は最小限で頼む』
アサイラは上部甲板から、東西に別れていく鉄馬と戦車を見送ると、顔をあげて正面を見据える。かすんだ空に、接近してくる航空部隊が見える。帝国軍の第3波だ。
『なんとなればすなわち、女性陣の活躍でここまではスムーズに進めたが、グラトニア帝国も本腰を入れはじめたかナ。アサイラくん、期待しているよ』
「なにを言っているんだ、ハゲ博士。俺の取り柄は殴り合いくらいのものだ……そういうことは、艦載兵器の仕事じゃないのか?」
『説明が遅れたが、本艦『シルバーブレイン』は非武装艦だ。ついでに言うと、このワタシはハゲではなく、ベリーショートヘアかナ』
ドクター・ビッグバンが言い終わるまえに、上部甲板のアサイラと艦橋内のリーリスはほぼ同時に、はあっ?と声をあげる。
『たたっよたた、次元転移技術はそれだけスペースを圧迫するということね!』
『さすがは我が孫娘、ララ。その通りだ……しかし、それだけではないかナ。下手な導子兵装を積みこむよりも、次元転移者<パラダイムシフター>に任せたほうが、至極シンプルに強いのだよ』
『グリン! なに言っているのだわ、このじいさん!? 人間は代えの利くパーツじゃないのよ!!』
『なんとなればすなわち、本艦も一品ものかナ』
「……そういう問題か?」
アサイラは、側頭部をおさえながらつぶやく。リーリスの悲鳴じみた金切り声が、いまだに鼓膜を揺らしている。
グラトニア帝国軍の航空部隊は、まっすぐ『シルバーブレイン』へは向かってこない。哨戒部隊と機甲部隊を瞬く間に壊滅させられて、警戒しているのだろう。
まだ距離を保った航空戦力は、次元巡航艦を包囲するように散開していく。このあと、一斉に攻撃をしかけてくる。いまは、わずかな嵐のまえの静けさか。
「しかし、どうやって飛行機相手に戦えって話か……」
『ミュフハハハ! 謙遜することはないかナ、アサイラくん。キミは、戦闘機相手に生身で殴りかかったことがあるじゃないか。ついこないだも、戦闘ヘリと格闘戦を繰り広げたと聞いたぞ?』
「グヌウ……こんな話になるんなら、やらなきゃよかったか……」
アサイラは、ますます頭痛が強くなるのを感じる。
『だが……征騎士のひとりでも差し向けてくるかと思っていたが、来るのは一般戦力か。温存しているのか、切迫しているのか……デズモントとアサイラくんのこれまでの活動の結果、帝国の戦力をだいぶ削げた、と前向きに考えるとするかナ』
「航空機の群より、征騎士ひとりのほうが怖いのか?」
『恐ろしいとも。なんとなればすなわち、征騎士……つまるは次元転移者<パラダイムシフター>たちの為すことは予測がつかない、つきにくい。もっとも、それは相手にとっても同じかナ』
『そもそも、目的地が『塔』と決まったのなら、同一次元世界<パラダイム>での転移<シフト>をすればいいじゃない。無駄な戦闘は避けるにかぎるのだわ』
通信機越しの会話を交わすアサイラとドクター・ビッグバンに、リーリスが口を挟む。
『グラトニア帝国は、導子技術を使いこなしている。なんとなればすなわち、次元転移<パラダイムシフト>に関しても、手の内が割れていると思ったほうがいい。当然のように相手も予測し、罠をしかけている可能性は高いかナ』
「正面突破意外の作戦を考えていないことは、わかった……俺も、覚悟を決める。とっとと片づけて『蒼い星』へと舵を切ってもらうか」
『ミュフハハハ! 意気軒昂、結構かナ!!』
黒髪の青年は拳を握り直し、視界いっぱいに散開した戦闘機たちをにらみつける。深呼吸をして、こめかみの痛みを鎮めようとする。
『グリン。私も腹をくくるけど……ちょっと気になっていたんだけど、この艦の動力ってどうなっているんだわ? 並の発電器じゃ、次元転移<パラダイムシフト>に必要なエネルギーはまかなえないはずだけど……』
『ミュフハハハ! よくぞ聞いてくれた。本艦の建造に併せて、技術<テック>と魔法<マギア>を融合した、まったく新しい画期的な動力機関を構築した……このワタシは『サモニング・ドライブ』と呼んでいるかナ!!』
「……リーリス、ハゲ博士の地雷を踏んだんじゃないのか?」
『うん……私も後悔しはじめているところだわ……』
老科学者の高揚した声音を聞いて、アサイラは治まりはじめた頭痛が再燃するのを感じる。
『安心したまえ。このワタシとて、緊迫した現状は理解しているゆえ、重要な部分だけ、かいつまんで説明しようかナ。なんとなればすなわち、召喚魔法の術式を応用して、複数の次元世界<パラダイム>から純導子力を直接、呼び出しているのだよ』
『ん……? 待って。ブリーフィングのとき、グラトニアは他の次元世界<パラダイム>を呑みこみ続けている……って言っていたのだわ?』
リーリスは、悪い予感を覚えてドクター・ビッグバンに確認する。通信越しでアサイラには見ることはできないが、にたりと笑う老科学者の顔が容易に想像できる。
『ミュフハハ! リーリスくん、よいところに気がついた。召喚魔法には契約が必要。『サモニング・ドライブ』は、次元世界<パラダイム>そのものとの契約によって稼働している。つまるところ……グラトニアに同化された世界は、その契約も無効となるかナ』
「つまり……帝国とやらを放っておいたら、艦の動力は止まる。『蒼い星』にも向かえなくなる、ってことか」
『グリン。グラトニアをどうにかしなきゃいけない理由が、ひとつ増えたのだわ』
導子通信機越しに、アサイラとリーリスはほぼ同時に深いため息をつく。それでも黒髪の青年は顔をあげ、拳をかまえ、腰を落とす。
やらねばならないことは、シンプルだ。艦へ近づいてきた戦闘機は殴り落とし、命中コースのミサイルを蹴りつぶす。それでダメだというなら、あのマッドサイエンティストの戦術ミスだ。
黒髪の青年は、ぼやけた地平線を上部甲板から眺める。この次元世界<パラダイム>は、空も、大地も、薄く漠然としていて広すぎる。ただ、野放図に膨らんている。
「こんな世界が、俺の故郷であるものか。いや……誰の故郷でもあるものか……」
アサイラは小さな声で独りごちつつ、心身を臨戦態勢へと切り替えた。
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