【第2部31章】落ちてくる、この空の下で (13/24)【表明】
【船守】←
『導子力場<スピリタム・フィールド>、三次元形態安定……仮想カタパルト、展開完了……突然の作戦変更だけど、OKということね。お姫さま!?』
「無論だ。むしろ、望むところだ……この男に自分の手で一矢報いずして、ことを済ませるなど、悲憤慷慨の極みだからだ」
腕組み姿勢からコンマ秒未満で右ストレートを放ち、次元巡航艦の船体を拳圧で貫こうとしていたグラー帝の耳に、上部甲板から女の声が届く。
「うおおぁぁぁ──ッ!!」
導子技術による急加速と戦乙女が持つ生得の飛翔能力が乗算され、魔銀<ミスリル>の盾の内側に身を伏せるアンナリーヤの身体は、音速を超えるスピードで射出される。
「……ぐっ」
ヴァルキュリアの王女の構える突撃槍<ランス>の穂先が、グラー帝の眉間に突き立てられる。傷を負わせることはかなわないが、超高速体の衝突で、さしもの屈強なる偉丈夫も大きくバランスを崩す。
グラトニアの専制君主の身体が、空中で一回転する。戦乙女の姫騎士は、右向きの螺旋を描きながら、『塔』の中腹へ向かって落下していく。
アサイラが叫んでから、ここまで3秒。グラー帝が体勢を立て直すまでに、4秒。
「小細工に次ぐ、小細工。不快極まりないとは、このことである。しかし、これにて……一言以ておおうならば、仕舞いである」
虚空を踏みしめた偉丈夫は、『シルバーブレイン』の鼻面へ拳を突き出す。手応えが、ない。それほどまでに船体が脆すぎた、というわけでもない。専制君主の腕は、間違いなく宙を切った。
刹那の内だけ、まるで蜃気楼のごとく次元巡航艦の姿が消滅したことを、グラー帝は理解する。そして拳を引いた、いま、この瞬間、船体は眼前に間違いなく存在している。
『パンチが当たる瞬間だけ……同一次元の同一座標に転移<シフト>して、回避運動をとったということねッ!』
なにをした、と問おうとする偉丈夫の思考を先読みするように、『シルバーブレイン』の艦外スピーカーから、年端のいかぬ少女の声が響く。
『そして、これは……小細工なんかじゃない! おじいちゃんが、何十年もかけて構築して、実用化に至った導子技術の、れっきとした応用ということね!! アサイラお兄ちゃん……これで、かっきり5秒! どうッ!?』
「……よくやってくれた、ララ。十分だ。ここから先は、俺の仕事か」
グラトニアの空に響く青年の声を聞いて、屈強なる専制君主は背後を振りあおぐ。『塔』の側面に口を開いた大穴のなかに立つアサイラが、小さく見える。
「あやとれ! 『精神蒼尾<ソウル・ワイアード>』──ッ!!」
「が……ッ」
黒髪の青年が、叫ぶ。グラー帝が、うめく。偉丈夫の肉体が、すさまじい速度で後方へと引っ張られていく。専制君主の目に映る『シルバーブレイン』の船体が、見る間に小さくなる。
──ズグオオォォォンッ!!!
鳴動するような衝撃音が、超巨大建造物の内部に響きわたる。つまらなそうな表情で、がれきだらけの床に大の字で転がるグラー帝は、何事もなかったかのように立ち上がり、蒼銀に輝く刃の『龍剣』を携えたアサイラとふたたび対峙する。
「これでも無傷とは、恐れ入る……あきれた頑丈さじゃないか、裸の王さま?」
「……差し合いのうちに、幾本もの糸を絡みつかせ、それを『塔』の壁面や柱に結びつけ、余の肉体を引き寄せた……ということである、か」
「わかってるじゃあ、ないか。ララが見せてくれたのは科学者の技術<テック>だが、俺のは正々堂々とした小細工だ」
グラー帝の衝突から、何秒経っても、超巨大建造物の振動はおさまらない。むしろ、少しずつ揺れは大きくなっている。壁や床に入ったひびは次第に大きくなり、天井からはとどまることなく破片が落ちてくる。
「おまえにダメージを与えられる気配はないが、衝突した『塔』のほうが先に壊れそうじゃないか? 身体が頑丈すぎるのも、考え物だな」
「余の……グラトニアの象徴である『塔』が、ここまで揺さぶれるとは何事か? 一言以ておおうならば、憤懣である」
「さあな。手抜き工事じゃないか? 納期に無理があったんだろ」
無表情を崩さないグラー帝は、声音に苛立ちと憤りをにじませ、アサイラは不適な笑みを口元に浮かべつつ、一歩、踏み出す。
「……おまえは、何者か?」
黒髪の青年が、いまさらのように尋ねる。諸肌をさらす偉丈夫は、いぶかしむように目元を動かす。
「愚者め、もう忘れたのか? 余は、グラトニア帝国皇帝、グラトニオ・グラトニウスである」
「違う……そういうことを、聞きたいんじゃない」
アサイラは、蒼銀の輝きを放つ大剣を構え、切っ先を専制君主へ向ける。グラー帝は、苛立ちに片目を見開き、両の拳をボクシングスタイルに構える。
「……皇帝とかいう、くだらない仮面をはぎとったおまえは、何者か?」
「ここに至って、哲学論争でもするつもりか……かく言う汝こそ、何者であるか?」
「俺の名は、アサイラ・ユーヘイ……故郷である『蒼い星』への帰還を目指すものだ」
黒髪の青年は、強い意志の宿った声音で言い切る。筋骨隆々たる偉丈夫は、不快な存在を排除しようと敵意とたぎらせ、前傾姿勢をとる。
「余は……この宇宙にあまねく存在する次元世界<パラダイム>を、ひとつへ統合する存在である。愚者よ……余に任せておけば、汝の『蒼い星』もいずれ同化されよう。さすれば、故郷への帰還という望みは果たされる」
グラー帝は、最後通牒のごとく重々しく告げる。アサイラは、静かに首を横に振る。
「違う……それはグラトニアであって、『蒼い星』ではない。俺の、故郷じゃあない」
「あらゆる存在、そして次元世界<パラダイム>は、常に千変万化するもの……余の征服事業、次元統合も、一言以ておおえば、その一環である。受け入れよ、愚者よ」
「仮に、そうだとしても……抵抗は、させてもらおうか! 全力でッ!!」
大剣を振りかぶるアサイラと、拳を突き出すグラー帝は、崩壊し始めた『塔』の床を同時に蹴り、眼前の相手へ向かって挑みかかった。
→【堅忍】
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