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好きをみつけるのは、しあわせをみつけること

昨日、SHElikesイベントのNew Me!!!1周年企画「言葉を仕事にする私たち、2022年どう過ごす?」アーカイブを視聴しました。
そこで忘れられなかった会話。「立ち止まって考えているときが、一番こわい」
まさにそれ!言ってくれた夏生さんの手を握って、頭がふっとぶくらいなんども頷きたい気持ちでした。そして、あかしさん伊佐さんの言われた「好きかも、をやってみて違ったやめる、をくりかえす」。このやりとりを見返しながら、しあわせの焦点を合わせるのと同じなんだと一人納得したのです。


最近の3年くらい、私はモヤモヤを頭に乗っけています。自分が本当に好きなこと。そもそも本当にやりたいこと。なんだろう……。
もしかして私、自分のしあわせもわかってないんじゃない?
一瞬にして震えあがるくらい、恐ろしい気持ちを味わいました。そのあと冷静に、どこでなにをして私はしあわせかを知りたいと決意します。
この時、好きかもしれないからやってみる、やったけど違ったからやめる。楽しくて確実でいいやり方がありました。だってコツコツ試したなかに、しあわせも本当の好きもかくれているものだから。


例えば、長くサービス業で働いてても、違うなと思いはじめたら半年後、机はきれいに片付いていたり。そのあと、違う場所のサービス業に戻ったとき、やっぱり嫌いだと気づけました。

例えば、英語が好きな気持ちだけで留学へいく。聞くことも話すこともできなくてどん底な気持ち。でも気分転換になるのは、わかりそうでわからない英語字幕の映画なのです。


「好きかも、をやってみて違ったやめる、をくりかえす」。これまでいろいろと言い方が変化しながら、私はこの言葉を聞いてきたという自覚があります。
そして「立ち止まって考えているときが、一番こわい」に、すさまじい共感を覚えた私。よくよく今までを考えてみると、好きかもをちゃんとやってきた実感がありました。
小さいことなら、食わず嫌いの野菜を食べた。強く決断したことは、フリーランスになるための退社。
だけどまだ本当にやりたいこと、好きなことが掴みきれません。きっと好きかも、に手を出す数がたりてないのだと思います。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。

まぐれでもなんでも好き、を見つけている人が羨ましい。それから同じくらい私にも見つけられる、と思えることがうれしい。

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