見出し画像

【Phở Tài】ミシュランにも筆の誤り

パリに来てフレンチばかり食べている。
世界中から人と物が集まるパリでは、ありとあらゆるジャンルの料理を楽しむことができる。
しかし、そのパリでフレンチばかりを食べている。

ラーメンは一度食べた。
面白い体験だった。

イタリアンに近いフレンチも食べた。
これはおいしかった。

ブラジルとフレンチのフュージョンも食べた。
これはいまいちだった。

せっかくパリにいるのだから、アフリカや中東や南米の料理にも挑戦してみたいと思うし、なんならパリの日本料理だって話の種に食べておこうと思わないではない。
けれど、その日その日に一番食べたいものは何かと自問する度に、ファイナルアンサーはいつもフレンチになってしまう。

ヨーロッパ屈指のチャイナタウンとされるプラス・ディタリーを歩いていて、ちょうどお昼時になった。
たまにはフレンチではないものを、せっかくチャイナタウンに来たのだから中華かベトナムを食べてみようと思った。

そうと決めたら、やたらと麺が食べたくなってきた。
そうだ、今日はフォーにしよう。

いかにもベトナムの街角にありそうな庶民的な店を見つけた。

経験からして、こういう店がおいしい。
そういう予感がする。
勘が働く。

しかし待てよ。
ミシュランのご意見は?

頼れるのは自分の嗅覚よりもミシュラン。
それが今回の旅の方針。

スマホで検索してでてきたのがこちら。
Phở Tài。
この地域では数少ないミシュラン掲載店。
メイン通りから外れたところにある。
ミシュランで調べていなければ絶対にたどりついていない。

2組ほど待っているので、後ろに並ぶ。

ミシュランだけでなく、ゴー&ミヨーなど有名グルメガイドにも評価されている名店らしい。

15分ほど待って、なかに通される。
狭い店は満席。
ソーシャルディスタンスなんてものはない。
パーテーションも換気装置もない。
ものすごく密。
圧倒される。

店内には色んな顔の人たちがいるけれど、みんなフランス語を話している。
フランスに住んでいるのだろう。
旅行者らしき人はあまりいない。
べトナム料理が地元のフランス人たちに広く親しまれているのがわかった。
地元のフランス人と言っても白人ばかりという意味ではない。
マルチエスニックだ。

テーブルには箸が置かれている。

箸を手に取るのは久しぶりだ。
それだけで何だかうれしい。

メニューはフランス語と漢字で書いてあるけれど、よくわからない。
鶏肉のフォーって、フォーガーって言うんだよなと思い出して、必死にフォーガー、フォーガーと言ってみる。
どうやら無事に通じたようだ。

久しぶりのフォー。
久しぶりのアジア的な味。
素直にうれしい。

スープをひとくち飲んでみる。
あ、甘い。
それが第一印象。
好きな甘さではない。

旨味と錯覚して甘味を増やすというのは、色んな店が犯す過ちだと思う。
店に対する疑いの気持ちを抑え込んでふたくち、みくち。
うーん、やっぱり甘い。

スープそのもののコクとか旨味があまり感じられない。
添えられたレモンをぎゅっと絞ってみる。
テーブルにある香辛料も少し加えてみる。

味は確かに変わったけれど、おいしいとまではいかない。

肉団子に期待してみるが、ぶよぶよの食感。
たいしておいしくない。

ああ、この店は失敗だった。
そう思いながら麺をすする。

隣のカップルがキスをし始めた。
チュパチュパした音が聞こえてくる。
感染者数20万人の日に白昼堂々の濃厚接触。

齋藤茂吉の随想「接吻」を思い出す。
ウィーンに留学していた茂吉が、キスをするカップルに遭遇して感嘆する。
「長いなあ。実に長いなあ。」

隣のカップルのキスも長い。
実に長い。

16早期体験 (3)

ベトナムには一度、ホーチミンに行った。

食べた料理はどれも抜群においしかった

16早期体験 (11)

日本人が海外旅行に行って、食べ物に一番困らないのはベトナムではないかと思っている。

池袋のベトナム料理だって素晴らしい。
上品な出汁の旨さがすべての料理をおいしくしてくれている。
そう、ベトナム料理には日本人が好きな旨味がある。

パリのベトナム料理ねえ。
ただ無用に甘いだけとしか思えないこのフォーがミシュランによって高く評価されていることの意味を考える必要はあるのだろう。
しかし、それはいまの自分の仕事ではない。

明日からは、再びフレンチを食べ続けよう。


いいなと思ったら応援しよう!