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墓ツーリズムという刹那
パリでは一時期、モンマルトルとモンパルナスに宿をとった。
二つの街の共通点は、大きな墓地があること。
遅く起きた朝、中心街まで出ていくのは億劫だけども、少し散歩したい。
そんな気分のときにはよく墓地を歩いた。
遺体そのものが埋葬されているので、背筋が凍るような恐ろしさはある。
日本でも墓は観光地になっている。
高野山奥の院や日光東照宮、仙台・瑞鳳殿、青山墓地などが有名だろう。
個人的には鎌倉・円覚寺の小津安二郎の墓が好きだ。
「無」の一文字だけが刻まれているミニマルな墓はいかにも小津らしい。
近年では柵が張られて観光客は近づきにくくなってしまった。
野次馬根性の観光客が神聖な墓に足を踏み入れるのは不謹慎だろうか。
もちろん、不謹慎に違いない。
しかし、パリの墓地を歩いていて思う。
墓は視覚的に構成されている。
現代風に言えば墓は「映える」。
訪れられるためにそこにある。
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ニキ・ド・サンファルが友人の猫のために製作した墓は、それ自体がアートであり、観光客のまなざしの対象となっている。
墓地の入り口にはマップがあって、有名人の墓が見つけやすいようになっている。
観光的だ。
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QRコードをかざせば、オンラインでマップも入手可能だ。
モンマルトル墓地の見どころ(!)は、スタンダールやデュマ、ゾラといったフランスの大作家、画家のドガやモロー、詩人のハイネ、ダンサーのニジンスキーらの墓だろう。
映画好きならフランソワ・トリュフォーの墓は訪問必須だ。
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写真を撮ろうとして、驚いた。
黒い墓石の表面に、空と雲と枯れ木と十字架が映っている。
墓がスクリーンとなって、詩的な映像をつくりだしている。
死んでなお映像作家であり続けるトリュフォー。
もう一つの感動もあった。
トリュフォーの墓の裏に、見覚えのある名前が。
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女優ジャンヌ・モローだ。
2017年に亡くなったばかりなので、園内の表示やホームページの案内も間に合っていない。
たまたま見つけた感動で満たされる。
自分だけが出会った。
ジョン・アーリのいう、観光におけるロマン主義的まなざし。
地図によればトリュフォーの墓の近くにはジャック・リヴェットの墓もあるはずなのだが、じっくり探したけれど残念ながら見つけられなかった。
届きそうで届かない。
それもまた、観光の楽しさかもしれない。
モンパルナス墓地の最大の見どころは、ジャン・ポール・サルトルとシモーヌ・ド・ボーヴォワールの二人の哲学者が共に眠る墓だろう。
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結婚はせず、互いに自由な恋愛を認めつつ、生涯のパートナーとして共に時代を駆け抜けた。
パートナー。そんな単純な言葉では言い表すことができない葛藤や苦難があったとは思うけれども、人びとは二人の関係性に成熟を読み込む。
墓を訪れる人は絶えない。
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墓にはなぜかパリの地下鉄乗車券が置かれている。
あとで調べたところ、自身を「切符を持たない乗客」にたとえたサルトルの言葉に由来するらしい。
「切符を持たない」ってところがかっこいいのに、切符を渡してどうする、ってツッコんでしまったけれど。
カップルという意味では、映画監督であるジャック・ドゥミとアニエス・ヴァルダ夫婦の墓も見どころの一つ。
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二人はモンパルナス・ダゲール街の住人だった。
墓石の右にかわいらしいベンチが置いてあるのが、なんだかヴァルダらしい気遣いに思えて微笑んでしまった。
サルトルとボーヴォワールの墓と並んで人気なのは、セルジュ・ゲンズブールの墓。
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映画監督、俳優、歌手と多彩な顔を持ち、ジェーン・バーキンの元夫(正式な婚姻関係ではなかったそうだが)で、二人のあいだに生まれたのが女優シャルロット・ゲンズブールだ。
日本にいるとよくわからないけれど、バーキンの夫やシャルロットの父としてではなく、セルジュはセルジュとして、フランスの国民的スターだったのだろう
国民的スターといえば、俳優のジャン・ポール・ベルモンドが最近亡くなった。
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間違えて訪れる人がいるのだろう。
ポール・ベルモンドという人の墓のうえには「ここにはジャン・ポール・ベルモンドは埋葬されていません」と書いてある。
そっくりさんにとっては迷惑な話だ。
「オーストリアにはカンガルーはいません」というTシャツを思い出した。
これもまた観光的。
園内マップには記載されてるけれども、なかなか見つけられない墓が二つあった。
けれどどうしても見ておきたかった。
一つは社会学者エミール・デュルケムの墓。
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ヴェーバー、ジンメルと並ぶ社会学の三巨人の一人。
2回目か3回目にようやくたどり着いた。
ユダヤ人の墓が多いエリアに佇んでいた。
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墓のうえには地下鉄の切符が。
「サルトルと切符のかかわり」という内容は骨抜きにされ、「墓に切符を置いてくる」という形式だけが模倣/反復されている。
この不思議な現象をデュルケムならどのように分析しただろうか。
もう一人は映画監督エリック・ロメール。
ロメールの映画には難解な哲学書や思想書からの引用が散りばめられている。
彼自身が大学の教授だったわけだし、弟は哲学者だった。
インテリびいきの映画監督ということになるのだろう。
ネットの情報によれば、墓にはエリック・ロメールではなく本名のMaurice Schérerと刻まれているとあった。
墓地の公式マップに記載された場所を探したが見つけられず、かなり苦労した。
来てくれるなとロメール自身が言っている気もした。
ロメールの映画は、これからもっと年をとっても見続けるだろうなと思う。
年を重ねれば重ねるほど見たくなるような気もする。
せっかく近くまで来ているので、なんとしてもロメールの墓を訪れておきたかった。
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3度目の訪問でようやく見つけた。
こりゃあ、わかりにくい。
来るなと言われるのに行ってしまう。
これもまた観光の真実なのだろう。
墓を訪れるという行為には、観光のコアな部分がいくつも詰まっている。