お悩み相談室のうらがわ041の続き(ジョナンノソウ③)終
(つづき)
「コーヒー飲めないんで」と、差し出されたBOSS缶を断ったのは、私がお礼を言うのは何か違うよな、と思ったからです。
薄いダウンを着た、駅伝の監督みたいなオーラのおじいさんは、口をすぼめてうまそうにコーヒーをすすりながら話し始めました。
これはね、コールド・リーディングっていうワザなの。相手に当てはまりそうなことで軽く話の始まりをつくって、相手にしゃべらせるわけ。
え、タネ明かししてくれるんですか?
お兄ちゃんは、この、これ聞いたでしょさっき。家族構成が四人兄妹の一番上って。あと、こんなに夜遅いのに酒も飲んでないから、仕事真面目にやってるのかなと思うよね。だからさ、今の仕事に不満があるね、とか、責任感が強すぎるね、とか。そういうサワリを入れて、「どうなの?」とか言うと、普通はさ、何か話してくれそうでしょ。
ほー。なるほど。たしかに。
納得できます。うん?そうかも。え、じゃあ何でさっき女難って言ったんですか?
いや、若いからね。そのほうが面白そうでしょ。恋バナとか、面白いよ。僕はね、こうやって相手が話したこと、このノートに残してるの。
おじいさんは、さっき私が言ったウソの個人情報(この時点で信じちゃいない)をメモした、角の擦れたKOKUYO大学ノートを私に見せました。パラパラめくると、何月何日、どこどこで、と、何十人もの話が、みっちり記録されています。おじいさんにそぐわない、丸字で。
へー。これみんな、占った人たちですか。すごいな。「涙ながらに」とかあるじゃないですか。みんな信じて話すんだ。へぇ、すごい。
あ、寒い。やっぱり缶コーヒー買おう。私も立ち上がって自分のお金でBOSS缶買いました。
いや面白いよ実際。人の話って。
もう、やめられないんだよ。ぼく、これもう20年もやってるの。趣味だよ。近所ではやり尽くしたからね。車出して、ときどきこうやって流すの。
それから小一時間話しました。
おじいさんの本職とか、息子の話とか。あと、コールドリーディングの極意らしきものを、押し付けられました。
いや、しゃべりすぎやろ。この時点で多分、私のほうがコールドリーディングできてるやん。
また、この辺来るからね。それ僕の電話番号。何かあったら電話していいよ。じゃあ、おやすみ。
おじいさんにもらったその紙は、レシートみたいな質の紙で、次の日には失くしました。
タミオに話しても、興味なさげに相づちをうつばかりです。
(おわり)
このお話は、moimoiさんの記事のおかげで思い出しました。