複雑な家庭 中原道夫句集『九竅』を読む(6)
「銀化」主宰・中原道夫の最新句集『九竅』(2023年9月発行)を毎月一句ずつ、24回に亘って鑑賞していきます。今回はその第6回です。
六月といえば梅雨、梅雨といえば黴である。
大阪の製薬会社の紅麴を使ったサプリメントの一部にカビ毒とみられる「意図しない物質(プベルル酸)」が混入し、重篤な腎障害による複数の死者を出している事件がいま、世間を騒がせている。しかし、腎障害を惹き起こす犯人がこのカビ毒であるかどうかは、現時点において未だ解明されていない。
その見た目とは裏腹に、黴は私たちに様々な利益も齎してくれる。ペニシリンなどの抗生物質はその代表例だが、そもそも今回の紅麴をはじめ味噌、チーズなどの発酵食品はすべて、黴のつくり出す物質の恩恵に与っているわけだ。
人間は自分の利益になるものは何でも利用し、不利益となるものには「毒」の名を冠して排除しようとする。しかし、毒も益もすべて人間側の都合、コインの裏表にすぎない。
自分の子を支配下に置き、子の人生に有害な影響を与えるエゴイスティックな親を、いつ頃からか「毒親」と呼ぶようになった。また、この四月には映画『毒娘』(監督/内藤瑛亮)が公開され、静かな話題を呼んでいる。右を向いても左を見ても、世の中まったく毒だらけである。
黴は糖質の多い食品を好んで増殖するそうだ。宿主はパンかケーキか、それとも饅頭だろうか。掲句からは赤、白、青、黒と、様々な種類の黴が一つ処に共存している景が浮かぶ。
人間社会においても、家庭という本来的に甘い宿主を好んで黴は蔓延る。虐待、ネグレクト、暴力、過干渉、モラハラ、不倫、そして無関心…。それは、行き過ぎた資本主義と行き詰まった民主主義とが齎した〈高温多湿〉の現代に蔓延した黴だと言えないだろうか。
そんな「複雑な家庭」がいま日本に、世界にいったいどれくらいあるのか、それはわからない。わかっているのは、私たち人間もまた独善という名の毒を吐き、撒き散らしながら、地球という高カロリーの「家庭」に寄生しているカビにすぎないということだ。
なんだか今夜は蒸し暑い。今年もそろそろ職場のエアコン清掃を業者に頼まねばならぬ時季が来たようである。(了)
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