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元は老け役 中原道夫句集『九竅』を読む(11)
「銀化」主宰・中原道夫の最新句集『九竅』(2023年9月発行)を毎月一句ずつ、24回に亘って鑑賞していきます。今回はその第11回です。
老優の元は老け役冬帽子
中原 道夫
この「老優」、読み手の世代によってイメージする役者像も異なってこよう。私は二人の名優の名を思い浮かべた。
一人は笠智衆。1960年代生れの私の場合、笠智衆といえば、何と言っても映画『男はつらいよ』シリーズの「御前様」だ。70年代に初めて寅さん映画を観たのだが、当時小学生だった私から見て、そのとき彼はすでに「老優」だった。後年観た小津映画『東京物語』(1953)では、小学生のときに観た御前様役より二十年近くも前であるにもかかわらず、作中の彼はすでに立派な老人だった。公開当時、笠は49歳。名優の見事な「老け役」だった。
掲句を読んで思い浮かべたもう一人の名優が東野英治郎だ。笠の嵌まり役が柴又帝釈天の御前様であったように、東野のそれは言わずと知れた水戸の「黄門様」。やはり小学生だった私から見た彼は、作中のセリフ宜しく「田舎じじい」以外の何ものでもなかった。
ところが溯ること十五年余、1961年公開の黒澤映画『用心棒』でも、安酒場の老主人役を好演している。当時、東野54歳。同年代の今どきの俳優は到底敵わぬであろう、こちらも見事な「老け役」だった。
さて掲句だが、いったい誰をイメージして詠まれたものだろう。先の二人以外にも当てはまる俳優はいるだろうし、老け役を熟してきた役者など数多いるに違いない。案外、女優かもしれぬ。女優だとしたら、浦辺粂子あたりか。あるいは外国の俳優かもしれない。誰をイメージするも読み手の自由だが、私はなんとなく笠智衆のような気がする。『東京物語』では夏帽だったが、私の抱くスクリーンの中の彼のイメージは、スーツ姿にソフト帽という出で立ちだ。
掲句は中七で切れているので、帽子の主は必ずしも「老優」であるとは限らない。けれども私には、季語「冬帽子」がスクリーンの中の彼を強烈に示唆しているように思えてならない。
誰をイメージして作られたにせよ、なまじ「老け役」を好演してしまったがために、それ以後の出演依頼が悉く老人役となってしまった、或る老優の物語がみえてくる。(了)