【短編推理小説】五十部警部の事件簿
事件その6
五十部警部はその部屋を検め終わった。
証拠となるべき物は横たわった遺体と床の血だまり、窓の庇を除けばすべて見つけてあった。
警部は振り向くと押し黙ったまま椅子に座っている男に事情を話すよう促すと男は話し出した。
「今夜の何時だったか、妻が外で音がするから見てきてくれと頼むんで、出てみたが、何も無い。
猫か何かがひっかいたのだろうと思い、すぐに寝床に戻りましたよ。
寒かったのでね。
そうしたら、夜中の一時頃、またもひっかくような音と低い話し声で目が覚めたんです。
外の闇に眼をこらすと、どうも窓の所に人影がある。
私はなぜだか急に怖くなって、本棚に並べた本の後ろに隠してある将校だった兄の形見の南部を取り出して、その影に向かって威嚇の心算で引き金を引いたんです。
そして、電燈をつけてみたら、妻がそこに倒れているじゃありませんか。
急いで電話で医者を呼んで、それから…」
「ああ、待ってください。ご遺体はあなたが検めたんでしたね」
五十部警部は一緒にきた監察医に尋ねた。
「もちろん。弾丸は二発あった。一発は肩の処を抜けている。もう一発は、背中から入って心臓を貫通、胸から飛び出している。即死だね」
「遺体以外には何も触れていませんね。先生」
「もちろん」
「あなたはどうです、須藤さん」
「ええ、医者にかけた電話以外は…ああ、でも、それから…寒かったから、納戸に炭を取りに行って…それから火鉢に炭をくべて…」
「それで温かいお茶を淹れたんですね」
実際、炭火が熾った火鉢に置かれた五徳の上の薬缶からは白く湯気が噴き出していた。
五十部警部が部屋に一つだけある窓を開けると、冷たく新鮮な空気が部屋へ流れ込んだ。
警部はさらに冷たく言葉を発した。
「須藤さん、署まで来ていただきましょうか」
五十部警部はなぜ須藤を疑ったのかな?
須藤の云う通りに事件が起こったのなら、少なくとも一発の弾丸は体を貫通して体外へ飛び出しているのだから、窓ガラスが割れていないのは不自然ではないだろうか?
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