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NECRO1:みんなで蜂退治(2)

【ネクロ13:あらすじ】
・不死者の暮らす街、臓腐市で、主人公ネクロが無茶苦茶する。

【ネクロ13:登場人物紹介】
ネクロ:死なずのネクロ。自分勝手な乱暴者。
タキビ:サザンカの妹。口は悪いが押しに弱い。
プラクタ:鼬のプラクタ。軽口を叩きがち。
ヒパティ:ぶっとい右腕のヒパティ。気は優しくて力持ち。
カット:無口。
ネアバス:臓腐市役所暗黒管理社会実現部犯罪鏖殺第3課課長。メガネ。
グンジ:ネクロの恋人。ひどく怖がり。
キイロ:ネクロの恋人。いじっぱり。
その他のネクロの恋人たち:ボタン、サザンカ、ユビキ、など。

(1)より

■■■

「『〈死なずのネクロ〉、死にまくる』、今日の一面ですよ! 恋人の皆さん共々、連日大活躍ですねネクロさ……グェェーッ!」

 俺がこれまで死なずにいたことは女たちとの愛の力によるものであり、〈死なずのネクロ〉というのもこの街のクソ共が勝手につけた仇名であり、そもそも俺がこだわっているのは、女と別れないことで死なないことではないのだが、それはそれとしてさすがにこの新聞での言われようには心底ムカついたので、俺はナメた配達員を嘴から裂き、前後に分割してやった。

「黄泉帰りは死体が残るから殺さないでって言ったよね?」

「うるせぇ。ここは俺とサザンカの家だ。文句があるならてめぇが出ていけ」

「はっ、お姉ちゃんと別れちゃった癖に!恋人もバラバラ、死なずどころか死にまくる! なにそれ? じゃあもうあんた、ただガラの悪い起き上がりじゃない! 今日から何のネクロって呼べばいい? 〈失恋のネクロ〉? 〈死にまくりのネクロ〉?」

「黙れ」

 バラバラにしようが首が残っている限り悪態が続くことはわかっていたので、顔面を床に叩きつけて潰した。しかし、脳味噌を床に撒き散らして痙攣しながらも、タキビは両手で中指を突き立ててきた。なんて女だ。そして1つ補足すると、俺は起き上がりではなく、化け戻りらしい。電波塔でグンジに言われるまで、知らなかったが。

 ははは、としゃがれた笑い声。今日の掃除担当のプラクタが小型バキュームを片手に駆け寄り、配達員のボディを窓の外に蹴り出した。その横で、ヒパティが配達員の臓腑で汚れた新聞を悲し気に床から引き剥す。

『タキビさんの言い方にも問題はあるが、ネクロ、お前も問題だ。弱すぎる。いや、十分に強いのだが、カットを倒した時の強さと比べたら雲泥の差じゃないか。これではハイヴ攻略など永遠に成功しない』

「てめぇのせいに決まってるだろ」

『それを言われると返す言葉もないな。だが、許してくれ。謝る。この通りだ。料理当番も今週は私が代わろう』

「プラクタは頭を下げている。さすがはヒパティの仲間。〈鼬のプラクタ〉。さすがはプラクタだ。ネクロ、許してやるべきだ」

「ああそうだなヒパティ……おいグンジ、なんでこんなガラクタ共を連れてきてしまったんだ」

「今のネクロさんよりはよっぽど役に立ちますよ」

 ソファの上で丸まっているカットにやすりをかけながら、グンジは丸メガネ越しに軽蔑し切った目をこちらに向けてきた。やりづらい。電波塔以降、グンジはずっとこの調子だ。あれだけ情熱的に殺され迎え入れられ、ようやく長年の夢であった死のない人生を歩めると思ったら、直後に屁に爆殺された。不機嫌になっても仕方はないが。

「ハイヴ攻略の実態は、プラクタ、ヒパティ、カット、この3種類の効果を持つカードをどのタイミングで消費し、いかにして役立たずのネクロさんを最下層まで連れていくのかというリソース管理ゲームです。プラクタは強力な中距離攻撃が可能で機動力が高い。ヒパティは近距離攻撃が強く、ネクロさんを守る盾にもなる。カットは万能だけれど、2人と比べると防御が脆い。屍兵蜂たちは恐怖にかられて地上を目指しているだけで、複雑な行動をとるわけではありません。気をつけるべきは、強力な改造兵が出てくるサイクルを読むことと、地下4階以降のMAPがもたらす多少のランダム性のみ。最適解を見つけるだけなら簡単なゲームです。巨体のヒパティは狭隘な空間では満足に戦えませんから、地下3階までで他3人を守る肉の壁として使い潰す。そして、地下4階以降はカットが適宜ダクト移動によって敵の量を調整し、プラクタのジェット・ガスによって、屍兵蜂がネクロに近づく前に吹き飛ばしてしまう」

「グンジ室長、我々はその通りにした。さすがはヒパティの仲間。〈鼬のプラクタ〉。〈死なずのネクロ〉。カット。さすがだ。でも失敗だった」

「ヒパティ、それならこれはもう『無理』なのです。私たちは限りある手札から最善手を既に作っている。あとは試行回数を増やすしかありません」

『プレイヤーの立場から意見させてもらうならば、これでは何度繰り返しても同じ結果になるだろう。屍兵蜂の数が多すぎるし、流れ込んでくる動線もカット1人では到底潰しきれない。室長、そうだな、穴だらけのバケツから水が抜けないよう、両手で慌てて穴を塞いでまわっている様子を想像して欲しい』

「プラクタ、ありがとう。だったら結論は単純ですね。我々だけでのハイヴ攻略は不可能。ネクロさんがキイロさんを迎え入れることはできない」

 グンジは納得したようにうなずくと、カットの削り粉をはらい、荷物をまとめ始めた。

「待てグンジ、どこに行く気だ」

「ネクロさんの〈死なず〉の名は、迎え入れた女の肉体と魂の強さ、そして彼女たちと同一であり別個であるという矛盾の内包があってこそのものです。迎え入れた女がネクロさんと完全な同化を果たしているボタンさん1人では、〈死なずのネクロ〉に値しません。そして今のネクロさんの力で唯一取り戻しうるキイロさんが攻略不可能であるとわかった以上、もう彼女たちの心変わりを待つしかありません。それは何百年後の話でしょうね。その間に私は何度死ぬことになるのでしょうか」

 グンジは自分の言葉に身を震わせた。起き上がり、黄泉帰り、化け戻り。アンデッドしかいないこの臓腐ぞうふ市において、死は眠りと同じく、永遠の生の中で幾度となく訪れる意識の断絶に過ぎない。しかし、グンジはその断絶を何より恐れており、それを失くすことを目的としている。

「待て、グンジ。お前は俺を1度裏切った。俺はお前を逃しはしない」

「裏切ったのはネクロさんでしょう。あの電波塔でプラクタに殺された時、私がどれほどあなたに失望したのかわかっているのですか?」

「わかっている。俺はお前を裏切った。だったらなおさら俺たちが離れる理由はないだろう。魂のレイヤーに、理由が双方向に刻まれた。間違いのない愛が、より間違いのないものになった。グンジ、わかるだろう?」

「わかりません。それはあなたの理屈です。私にとっての愛は、私から死の恐怖を取り除いてくれるという安心です。頼りがいのある人がいい。今のあなたはそれに該当しません」

 それは俺にとって理解できない考えだった。有体に言って狂っている。何にせよ、正しいのは俺だ。グンジが逃げるのならば、俺は再度彼女を殺し、迎え入れるだけだ。グンジは俺を裏切った。理由はそれだけで十分にあり、愛は保証されている。

「グンジ、死……」

「プラクタ、ヒパティ、カット」

 飛びかかろうとした俺を押さえつけたのは、元女米木めめぎ生研所属の3人だった。カットが俺の四肢を床に縫い止め、ヒパティが押さえつける。プラクタのジェット・ガスの銃肛が俺の後頭部に押しつけられる。

「てめぇら、何のつもりだ! 特にプラクタ。誰のせいでこんなことになったと思っていやがる」

『ははは、本当に申し訳ない。俺も今、驚いているところだ。こんなことをするつもりはなかったのだが、室長の声を聞くと体が勝手に動いてしまった。不思議なこともあるものだ。この俺にもまだ、愛社精神というものが残っていたのだろうか』

 いえ、それは違います、とグンジは言った。

「女米木の全ての製品には分割した私の魂をとり憑かせているのです。魂の拡散能力を持つサザンカさんと違って、私はあくまでも分割。カットの例を見てもわかる通り、株分け時点でそれは私とは別の自我となります。魂同士のリンクはなく、サザンカさんのような遠隔精密操作は不可能ですが、こうして分割魂バックアップに話しかけることで、ある程度、思い通りに動かせるのです」

 グンジは簡単に言っているが、女米木の屍材業としてのシェア率はハイヴを抑えて市内トップだ。つまり、この街に暮らす連中の過半数は、直接対面した際、グンジの思い通りに動く駒となる。魂を無限に分割することができる特例的な黄泉帰り。少なくともグンジは対面した誰かに殺されるということはほとんどない。もちろん、「少なくとも」というのはグンジの満足には程遠いのだろうが。

「先般、肉肥田にくひだ電波塔をジャックしたのもそのためでした。私にとっての最善はネクロさんに迎え入れられることでしたが、そのために殺されなければならないのが嫌だった。ゆえに、もし自分がそれを我慢できなかった時の妥協策として無線ラジオで市内の全分割魂バックアップに呼びかけ、市民を皆殺しにするつもりだったのです。空いた肉体に私の分割した魂を憑依させ、この街の全人口を私にする。もちろん分割した魂は別の自我であり、相互のリンクもなく、主である『私』の意識の断絶はそれで防げるわけではない。何の意味もない行為なのですが……まあ、多少の気休めにはなるのかなと思いまして」

『ああ、その手があるじゃないか』 

 プラクタが、指を鳴らした。

『室長、そのプランを実行すれば簡単に攻略のカードを増やせる。ハイヴの脅威は数の力。それならば全市民を皆殺しにし、肉体に室長の魂をとり憑かせ、黄泉帰らせた上で、無線ラジオを通じてこちらの手駒にすればいい。物量作戦で屍兵蜂の巣を押しつぶすことができる』

「無理ですね。その手段はネクロさんの恋人たちが開放される前だからこそ使えたものです。まず、市内全てのラジオ・ケーブル・ネットワークは現在サザンカさんに抑えられており、呼びかけること自体ができません。また、仮に何らかの手段で呼びかけができたとしても、臓腐市民の深層意識には『夢』として黄泉帰ったハヤシさんが根を張っている。以前ほど強力な操作はできません。少なくともキイロさんの恐怖の転写には抗えませんし、深部に到達した端から屍兵蜂にされてしまうのがオチでしょう」

 なるほど、とうなずいたプラクタの後を、ヒパティが継ぐ。

「物量作戦。それは悪くないアイデア。さすがはヒパティの仲間。さすがはプラクタだ。ならば、死ねば死ぬほど数が増えるハマチを仲間に入れよう。〈商店街のハマチ〉だ。この前、友達になった。手伝ってくれるはず」

 ヒパティが肉肥田商店街の親父のことを言っていることに気がつくのに、しばらく時間がかかった。あの親父、そんな名前をしていたのか。バラバラにしたらバラバラにしただけ数が増えるうざったい起き上がり。プラナリア人間。プラクタとヒパティに破壊された製薬店はそろそろ修理が終わった頃か。

「なるほど。ハマチさんですね。確かに悪くないアイデアではあります。ただ市役所にいるオリジナルならともかく、彼では再生速度が遅すぎる。肉体自体は起き上がりの端キレですが、自我の主体は元黄泉帰りであるハマチさんの魂にありますからね。食い合わせの悪さが起き上がりとしての再生機能を著しく阻害している。数を増やす前に屍兵蜂たちによって入口まで押し流されてしまうでしょう。また、彼はキイロさんの恐怖転写への相性が最悪です。私と異なり魂の分割はなされていませんから、1体でも転写されたらその時点で全個体が恐怖に襲われます」

「キイロさんの恐怖が問題っていうなら、そもそもこいつを最深部に送り込んだところで無駄だったんじゃないですか。この死にまくり野郎もビビッて終わりでしょ」

 潰れた顔面を復活させたタキビが、動けない俺の顔を蹴りつけながら言った。後で殺す。

「いえ、それは大丈夫なのです。そもそも、キイロさんがネクロさんに惚れこんだのは、そこが理由でしたから。ネクロさんにはキイロさんの恐怖は通じないのです」

「へえ、何で?」

「さあ? 知りません。ネクロさん、どうしてなんですか?」

「愛だよ」

 反吐が出るとでも言いたげに、タキビはこちらを冷たく見下ろした。

「こいつの戯言はともかく、キイロさんの恐怖の力ってのは絶対ってわけじゃないんですよね」

「彼女の能力は、正確には恐怖を与えることではなく自身の魂の転写です。彼女本人が常時とてつもない恐怖に襲われているために、結果として、それが恐怖を与える能力として発現しているだけなのです。魂とは肉体が物理レイヤーでとった行動が、魂のレイヤー上に情報として蓄積された記録レコードであり、それが擬人化が可能な容量にまで達したもののことを指します。つまり、本来、肉体の死によってデータ供給が途絶えた時点で、魂はそもそも成り立たなくなるはずなのですが、この街ではハヤシによって……」

「ああ、もういいから。グンジさんって話が長いし、色々いらないことも言うせいでぐちゃぐちゃなんだよね。要はその魂の転写ってのができないくらい、強かったり、大きかったりする魂があればよくて、しかも、それが物量作戦できるほどたくさんいればいいってことなんですよね?」

 タキビは、ヒパティから血まみれの新聞をひったくり、俺たちに示した。

「だったら、こういうのはどう?」
『だったら、こういうのはどうかしら?』

 タキビは、とある記事を指さしたところで固まった。侵入者に警戒し、爪を伸ばしたカットをグンジが押しとどめた。提案したのはタキビだけだけではなかった。彼女の声に重ねて、もう1つ、彼女によく似た声がした。似ているのは当然で、姉妹だからだ。声がしたのは机の上の無線ラジオ。この街に何万個も存在する、彼女の声帯の1つ。

「久しぶりだな、サザンカ」

『久しぶりね、ネクロ。そして心配をかけたみたいで悪かったわね、タキビ。私も今の話を聞いて思いついたプランがあったのだけれど、とりあえずはあなたから先に言ってちょうだい。こういう時、いいアイデアを出すのはいつも妹のあなたの方だったしね』


(3)へ続く