健全な劣等感はガソリンだ。
あなたは、どんな人間ですか?
昨日そんなことを自問自答していたら、僕という人間は
現状に満足してない事もないし、むしろハタから見れば上手く行ってるように見られてるけど、どっかで「違和感」を感じてて、且つそこがボンヤリと見えてしまってるから、目を背ける事も出来ずにいる人。
だと思いました。
僕は幸せな人生を過ごしてきてると断言できますし、一度きりの人生を上手に生きているようにも感じます。
しかし、どこかで「違和感」を感じてるんですよね。
「もっと、〜〜したい。」
「俺はまだまだ、こんなもんじゃない。」
「なんか、なんていうか言葉が出ないけど、、、」
みたいな悶々とした気持ちって、常に抱えてたりするんですね。
で、それって恐らく明確にすることに意味はなくて、ただ、その悶々とした気持ちこそが健全な劣等感だと認識することに意味はあるなと。
どういうことかと言うと、健全な劣等感って人生を走る上で必要なガソリンなんですよね。
例えば、人生において最高な瞬間ってたまにあるじゃないですか?
その時って「最高や!!もう、このまま死んでも悔いはないぞ、、!!」って感じるんですが、それって幸せなんですが、ある意味めちゃくちゃ怖いですよね。
その最高な瞬間が続けば続くほど、生きる原動力を失うわけですから。
満足感と原動力(健全な劣等感)は反比例なんだなと。
満足感を得れば得るほど、原動力は減っていくというわけですね。
ということは、今の自分は程よいバランスで健全な劣等感を抱いてる状態なのかなと。
自分が一緒にいて居心地が良いと感じる人も健全な劣等感を抱いてる人たちで、そういう人たちは常に前を向いて走ってるので、一緒に走りたくなるんだなと思いました。
健全な劣等感に火をつけて、前を向いて走り続けたいですね。
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普段カンボジアのカフェで1杯3ドルのコーヒーを飲みながらnoteを書いてます😌受け取ったサポートは全てコーヒー代に充てさせて頂いてます。いつもサポートして頂いてる方に感謝です🙇♂️