長文スクショが無意味な3つの理由

 最近よく長文スクショが流れてくるようになってきました。

 「140文字では伝えきれないのでスクショを見てください」というのが主旨であり、殆どが「被害報告」「お願いごと」「義憤」等の注意喚起が目的のものですが、私は正直これは「無意味」であると思っています。

 正確には「その瞬間には意味があるかもしれないが、長期に渡って注意喚起や問題提起の役割を果たせない」であり、一瞬だけ盛り上がって忘れ去られていくだけです。

以下、長文スクショが無意味な理由を3つあげます


無意味な理由① 読まれない

 長文スクショは「行間が詰まってる」「文字が小さい」等、画面の見難さもそうですが、文章そのものも感情的に訴えて「人に読ませる」ことを意識してない独り善がりなモノが殆どです。

 自信の内輪コミュニティの独自用語が使われてる事も多々あり、文字が見えづらい年配の方やそのような話題に疎い方に対する配慮が感じられません。

 ナニより、長文スクショが回ってくる度に「ま~たトラブルか…」と疲弊して、RTしても読まない方が多いのではないでしょうか?

 結局、長文スクショを読みのは「トラブルや噂好きな方」「内輪のノリが通じる方」「義憤に燃える方」だけという印象です。


無意味な理由② 残らない

 Twitterのツィートは直ぐに流れてしまいます。

 そしてTwitterの性質上、ある程度呟いてから時間の経ったツィートが読み返される、あるいは拡散される事は稀ですので長文スクショは「注意喚起にも関わらず注意を喚起し続けられず、問題提起にも関わらず問題を提起し続けられない」といった事態に陥ってしまいます。

 また所謂「迷惑なカメラマン」「会場やイベントのルールを破るコスプレイヤー」に対する注意喚起や問題提起の場合は、一方的に発信側から情報が流れるだけとなってしまい「当人達からの反論や事実の検証」が困難になりますし、仮にその注意喚起や問題提起が誤解であった場合、当人達の名誉を回復する事は困難です。

 いわば長文スクショは「安全圏から石を投げる」行動であり、長文スクショの内容が(主観的には)真実であったとしても、それを誰もが検証し、内容を精査出来るような「残る形」で発信しないことはアンフェアな行為に他ならず、それは時に単なる暴力になる危険性があります。

無意味な理由③ 殺せない

 私はそこそこ長い間コスプレイヤーとして活動し、Twitterも使ってきたので、これまで何度も長文スクショにより「迷惑なカメラマン」「会場やイベントのルールを破るコスプレイヤー」が糾弾されるのを見てきました。

 その結果糾弾された方々がどうなったかというと、(体感)9割の方は未だに活動を続けています。

 長文スクショが回って数日は、糾弾された方の周りが慌ただしくなりますがソレだけです。せいぜいよくて鍵垢に籠る程度であり、この界隈に疎い初心者を相手に何度も同じような事を繰り返すだけです。

 そのため本当に糾弾したい方を界隈から抹殺したい場合は、長文スクショではなく長期に渡って糾弾、注意喚起や問題提起し続けられる形で発信しましょう。

 長文スクショには「私は普段は温厚だけど、もう堪り兼ねた!」アピールしたい気持ちで投下し、ある程度認知されたら満足!ならいいかもですが、本気で抹殺する気なら、あまりにも殺意が足らないと言わざるを得ません。