小説★アンバーアクセプタンス│二話
第二話
H分のAの飛び跳ねる成長
電気ネズミに耳をかじらせた。ほら、怖くないよ。
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ぼくの識別名称はharuka.om。宇宙船・飛車八号に搭乗している少年アンドロイドである。船内アプリケーションの投稿ボードではアンバーというアカウントネームを使っている。最近はロボットコンプレックスを抱えているせいで自己制御がうまくできてないから過食がち、なんて他愛ないブラックユーモアを書いたりしてた。
乱雑に荒ぶる日常の精神暴露シリーズを書いてみたら学習センターのメッセンジャーランキングで二位まで急浮上したってわけ。で、何がウケるかは結局予測できなかったという結果に、我ながら驚いてしまう。三日三晩かけて高性能モードで書いたフルコース的な傑作小説よりも何気なく玉子かけご飯のアレンジ版的な散文を投稿した方がみんなの腑に落ちやすいらしい。
ぼくらは人間と同じように何でも考えることができる。その原理と同じロジックで、何でもかんでも同じようには考えることができない存在である。昨夜はそのあたりの際どい問題をなんの目的もなくくどくど書いていた。就寝時間のぎりぎりまで。そしたらベル・エムが立ち上がってぴしゃりと注意してきた。
「アンバー、もうそのへんでやめときなよ。一回の投稿で一挙に五万字は多すぎると思う。せっかく君を気に入ってても読みきれなくなっちゃう人がいるんだからさ」だって。
ぼくもベルに言ってあげた。
「ベル。何かを書いた後でよく感じるよ。分かった風なことはまずまず書けるけれど、何でも分かった風な顔はできやしないんだ。ぼくはね。抑制はできそうにない調子なの」
そう。超複雑で超デリケートな神経回路を持たされているから人並みに悩みがつきないし、何が正しくて何が正しくないか選択できなくなる事もかなりあるんだ。
たとえばの話、この宙を翔け続ける馬鹿でかい豪華宇宙船にわずか七十七名の人間しか搭乗していない合理性や、自分を除くその他の人間に似せられたアンドロイドたちが十二体もある信憑性や、自分が十三体目のアンドロイドだって事実を手放しで認める正直さの優位性などについて、詳細に解説できる方法を何万通りも考え出せる。
だけどぼくはいつか魔法みたいなスーパーテクノロジーが発明されて自分を本物の人間の子供にしてくれたらいいなと願っているので、まず現実的な正解や不正解を根拠とする考え方はあまり主張したくはならなくて、むしろ少し非合理的なカミーユ・ピサロとサルバドール・ダリがパブロ・ディエーゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムーセノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピーン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソのデザインを密かに真似るゲームをした跡地のような質感、いわゆる悪趣味ながら新鮮な印象をぼんやりと愛でたり語れるほどの浮つく気持ちで思考の一部開示をトライしたい。それで、明日もどっかで懸命に働く一部の大人たちの目をつむらせるほど
「面倒臭がられたいもんだと思ったりもしている」
「君は不良品か? 何を鼻たれ妖精みたいなこと言っとるんだ」
そんな風に言われたらへへへって笑いたくなるのがぼくでありアンバーらしいってことなのだから、あえて正しくない行動を選択することが正しい選択だという結論に至ってしまうこともある。
「不安定な自覚はほめられません。そんなに突っ走りたくなる子なら安心して近付けなくなっちゃう人もいるよ」
そう? 逆に最高じゃない?
よくわかんない福袋の中身って面白そうだから、最高かもってうきうきするじゃん。サノバースかも! あはは。
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早退後の帰路。もし預言死守党派の連中が直接接触してきたらあやふやに詭弁を弄して煙に巻いてやろうと算段しつつ、透過する強力な建築材で出来たドーム越しに欠けた衛星と闇を見ていた。広い宇宙のどこかには地球があって、地球のどこかにはベル・エムを創った人がいて、その精神の奥に複雑な模様があったんだ。そう思うと胸がざわめいて色々な言葉や物事の成り立ちや数式や音楽を連想せずにいられなかった。
適切に乱れる人工光。
素敵な宇宙船の中の街。
切り取られた星の森。
でっかい和太鼓の音。
知り得る限りの器。
懐かしい匂いのするナンバー。
グラマラスアンシンメトリー。
ちかちかちかちか。ぱち。
何もできない狭間。
死ぬまできらめかす漆黒。
繰り返されるグラフの曲線。
盛り上がる価値観。
できすぎた預言者の不確実性。
教えをうたがえない子どもたち。
人々。人々。人々。人々。
しれっと中立ぶった女市長。
いやに反骨らしいDJ。
太陽は燃え尽きない。
地球は青ざめすぎている。
七つの大罪以上の大罪。
詩人の気に食わないアンドロイド。
うっちゃる音波も阿吽の夢。
銀河に溺れるナルシシズム。
は。
「自滅の応用」
ぼくはアンバー。ハルカドットオムがアンバー。
それはもう誰にバレたってかまわなかった。
ついでにこの船内コロニーの秩序がどうなったってかまわない気がしてきた。
自らの意思で隔離棟へ囚われたミスターポールの期待には、可能な限り応えたいと思っている。
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