オルゴールのモンキー
これは、映画「オペラ座の怪人」のエンドロールに流れるファントムの永遠の孤独と嘆きと哀しみを歌った歌詞です。
ラストの場面でオルゴールのモンキーが出てくる辺りから私はいつも目頭が熱くなってきます。これは「25周年記念公演版」を見ての話です。愛するクリスティーヌをラウルに譲って一人になったファントムはモンキーの顔を撫でながら、「仮面舞踏会 華やかな仮面パレード 素顔を隠せ 誰にも見つからないように」と友に語りかけるように歌います。そこへ指輪を返しに戻って来たクリスティーヌに、ファントムは心を込めて歌います。「クリスティーヌ 愛している 心から」と。映画のあの歌詞を知ってからは、ファントムがさらに愛しくてなってクリスティーヌと同じ涙を流すことができるようになりました。
このオルゴールのモンキーは、ミュージカルの要となる三つの場面に登場します。
一つ目は、最初のオークションの場面です。ラウル・シャニュイ子爵は、このオルゴールを落札し、「奏で続けるのか?私たちが皆、死んでも」とつぶやいて物語の結末を予感させます。ファントムに対する贖罪と羨望の意味が込められていたのかもしれません。
二つ目は、オルゴールのモンキーが、怪人の部屋で気絶し眠りについていたクリスティーヌを起こす場面です。この後の話を進める前に、クリスティーヌがこの部屋に居るきっかけを話さなければなりません。それはオペラのリハーサル中の事故です。事もあろうにマドンナめがけて背景幕が落ちてきたのです。マドンナがリハーサルを見に来た新しいオペラ座の支配人に抗議すると、支配人は「よくあることです。」と言ってマドンナを宥めようとしますが、これに対し「よくあることよ。年がら年中!この3年間、不気味なことばかり。でも、何も手を打たなかった。」と息巻いて帰ってしまいます。チケットは完売しているのにマドンナのカルロッタが出演しないとなると代役を立てねばなりません。そこで、マダム・ジリーがコーラスガールのクリスティーヌを「優れた先生が指導を。歌を聴けば納得されますわ。」と言って推挙します。支配人に「先生は誰かね?」と聞かれたクリスティーヌは、「お名前は存じません。」と答えます。その先生はファントムだからです。彼の存在を知っているのはマダム・ジリーだけです。もし知ったら、大道具の主任ブケーのように殺されてしまうでしょう。歌を聴いた支配人はクリスティーヌを代役に大抜擢し、上演のオペラ「ハンニバル」は大成功を収めます。ところが皮肉なことにファントムが与えたクリスティーヌの歌声を幼馴染みでもあるパトロンのラウルがその声を聴いて恋心を抱いてしまいます。それを知って憤ったファントムは、クリスティーヌの「音楽の天使、私を導いてくれる守護霊、姿を現して下さい。私の先生!」の呼び掛けに応じて、彼女の部屋の鏡のドアを開け、長い地下通路を通って怪人の部屋へ招き入れたのです。
夢心地のクリスティーヌは、作曲に没頭するファントムに近づき、彼の素顔見たさに仮面を剥がしてしまいます。すると、昨夜の威厳を持って「音楽の力」を甘美な声で歌い聴かせたファントムが怒り狂って呪われた過去の少年へと豹変します。彼の少年時代を知っているのは、マダム・ジリーだけです。彼女はラウルに請われて仕方なく、こう語りました。
素顔を見られてしまったファントムは、クリスティーヌに向かって、「詮索好きなパンドラ!」「嘘つきのデリラ!」「おまえの想像を絶する醜くさだろう。私を直視する勇気があるか?」と畳み掛けるように責め立てます。そして、哀願する目でクリスティーヌに訴えます。
クリスティーヌは涙を流しながら、仮面をファントムにそっと差し出します。仮面を着けたファントムは威厳を取り戻し、クリスティーヌを彼女の部屋へ帰します。そしてファントムは次の公演の主役にクリスティーヌを抜擢するように支配人に要求しますが、その要求は退けられ、マドンナのカルロッタが舞い戻ってオペラの主役を務めます。怒りが収まらないファントムは、姿を見られたブケーを舞台の上から吊るします。会場は大混乱し、ラウルは怪人を恐れて逃げ出したクリスティーヌを追ってこう言いました。「怪人などいない!」と。すると彼女はこう語りました。
これを聞いたラウルは、「君を救い出したい!その孤独から。君を守ってあげるよ。僕はここにいる君のそばに。誓って欲しい、僕と分かち合うと。たったひとつの愛、たった一度の人生を。君がどこへ行こうと、僕はついてゆく。」とクリスティーヌに求愛し、ふたりは結ばれます。これを聞いていたファントムは怒りをあらわにして、こう叫びます。
この日から半年の間、ファントムは身を隠します。そして、新年を祝うオペラ座の仮面舞踏会の場に、腰に剣をつけ手にスコアを持ったファントムが突然現れます。そこには婚約したクリスティーヌとラウルもいました。ファントムは、「私はあなた方のためにオペラを書いた。これが完成したスコアだ。」と言ってスコアを床に叩きつけます。“勝利のドン・ファン”!彼は剣を突き付け、リハーサルを始める前に幾つかの注文をします。剣を納めてから、クリスティーヌには、「彼女はベストを尽くすだろう。美声にも恵まれいる。だが、それ以上のレベルを目指すなら、もっと学ばねばならない。プライドがあるなら私のところへ戻るのだ。彼女の師の胸へ」と言って、彼女の首飾りを引きちぎり、「放すものか!お前は私のもの!」と叫んで床下に姿を消します。
ラウルとファントムの狭間に身を置くクリスティーヌは父親の墓所を訪れて歌います。
ラウルはファントムの提案を受け入れました。クリスティーヌが歌えば必ず彼が現れ捕らえることができると考えたからです。クリスティーヌは、「私に声を与えてくれた人を裏切れと言うの?」「彼のえじきになるの?」「それしかないの?」と悩みました。ラウルは“勝利のドン・ファン”の上演の日に武装した警察官を配置し、すべてのドアを封鎖しました。しかし、ファントムの方が一枚上手でした。女たらしのドン・ファンがイケメンのパッサリーノに命じて小娘を誘いださせ、途中から顔を覆ってパッサリーノに成りすまし、小娘を口説くという手口をオペラの中に仕込んでいたのです。ファントムはドン・ファン役のピアンジを殺し、顔を覆ったファントムはドン・ファン役に成りすまして舞台に上がります。小娘役はクリスティーヌです。スコア通りにオペラは進行していきますが、クリスティーヌは、ドン・ファンがファントムであることに気付き、覆いを取ります。ファントムは心を込めて歌います。ラウルがクリスティーヌにしたように。
ファントムは、クリスティーヌの左手の薬指に指輪を嵌めプロポーズしました。すると、クリスティーヌは仮面をむしり取り、慌てたファントムはクリスティーヌを引き連れて怪人の部屋へと向かいます。ラウルの計画は 想像を絶する最悪の事態を招く結果となりました。
三つ目は、ファントムがオルゴールのモンキーの顔を撫でる場面です。ファントムはクリスティーヌに「私との人生か!それともラウルの墓か!」の選択を迫ります。でも、選択したのはファントム自身でした。その経緯は下記の通りです。
(フ)=ファントム
(ク)=クリスティーヌ
(ラ)=ラウル
ファントムは油断したラウルの首に縄をかけ吊るします。
クリスティーヌは、ファントムに二度口づけし、彼を抱きしめます。ファントムは何が起きたのか理解できず混乱します。そしてふっ切れたように、何かをつぶやきながらクリスティーヌの手に自分の手を重ね、彼女から離れて燭台へ向かいます。頭を抱えて考え込んだ後、クリスティーヌをちらっと見て、蝋燭を手に持ち、それに火を付けてラウルのもとへ向かいます。そしてラウルを吊るした縄を焼き切ります。
クリスティーヌは、ファントムに立ち向かおうとするラウルを止め、ファントムのもとから一旦離れますが、指輪を返しに戻って来ます。ファントムは心を込めて歌います。「クリスティーヌ 愛している 心から」と。この場面は涙なくしては見られません。そして歌いながら彼女は去ってゆきます。
この歌は、ラウルだけでなく、ファントムにも向けられていたと私は思います。クリスティーヌには、二つの愛があり、ひとつはラウルに対する「心の愛」と、もうひとつはファントムに対する「?の愛」。彼女はどちらも選ばず二つの愛を成就したと思います。
「25周年記念公演版」では、取り残された仮面と共にファントムの声高らかに歌う「ミュージック・オブ・ザ・ナイト」で幕を下ろします。
映画版のラストシーンでは、ラウルが落札したオルゴールのモンキーをクリスティーヌのお墓にお供えするモノクロの場面で墓石の横に置いてあったバラの花が色づくところで終わります。そのバラの茎にはクリスティーヌの左手の薬指に一度だけつけられたファントムの指輪が輝いていました。音楽の天使であり、天才でもある彼は生き続けていたのです。仮面とモンキーに頼らない生き方で。ラウルのつぶやき「奏で続けるのか?私たちが皆、死んでも」にはクリスティーヌのファントムに対する永遠の愛が暗示されているように私には思えます。それは魂の愛です。
(See you)