見出し画像

『おちょやん』89 帝国は負けた、それで戦争は終わったのか?

 昭和20年(1945年)8月15日――千代が竹林で泣いた日の次の日。日本は戦争に負けたと宣言されました。日本人としてはそうなりますが、国際的には別の日もありますし。日本の降伏文書調印9月2日が正式であるとか。いろいろそこはありますわな。
 樺太や満洲は終わらないどころか、苦難がここから始まります。それはさておき、帝国第二の都市、東洋のマンチェスターこと大阪ではこれでおしまいですな。

玉音放送を聞いた軍国少年は

 この8月15日は当然気合を入れると思います。本作はうまい。ボロボロになった街で、ラジオを聞きながらうなだれている。掲げられた日の丸が虚しい。
 蝉の声の中、一平はちゃぶ台の横で仰向けにひっくり返っている。みつえは布団の中にいる。一福は縁側に座り込んでいる。敗戦の日が、そこにはあります。

 一方でシズは、宗助と千代の前でお茶を淹れると言い出す。千代がやるというと、自分で淹れたいそうです。なんでもとっておきの茶葉があって、戦争が終わったら飲もうと思っていたそうです。この場面が一福と対比されているわけですな。
 シズのような大人は、心の底では負けるとわかとってお茶の葉をしまいこんでおく。一方で一福少年は負けるなんて思うことすらなかった。
 みつえは戦争終わったと千代に言われても、布団の中にいたまま。戦争未亡人の戦争はいつ終わるのか。夫も、家業も失い、子どもを抱えてどう生きてゆくのか。みつえは生きるために戦わねばなりません。岡安のお嬢様がこうなってしまった。
 千代は一福に声を掛けます。
 一福はわからない。

無駄死にではないとすれば、その理由は?

 ありとあらゆる喪失、父の死も、帝国が勝利するための犠牲だと思えた。それが負けた。何もかもが嘘だったのだとくやしさや怒りが湧いてきている。
「無駄死にやんか」
 千代はどう答えるべきなのか?
「それはちがう」
 千代は、福助はみつえと一福が幸せに生きるために戦ったと言います。戦争終わって家族がこうしていることを喜んでいるはずだと。
 私なりの疑問がストンと腑に落ちた気がする。
 福助が赤紙が来たのに、逃げ出したとしたら? 非国民として彼だけでなく家族まで酷い目にあってしまう。出征兵士の妻子ならばそうはならない。敵ではなく、社会の目から守るためとふまえればわかる気がする。コロナの時代だからストンと落ちた気がする。
 現に軍属か否か、そこで戦争犠牲者遺族の給付金が変わるわけでして。空襲被災者は受忍論でとりこぼしてきた嫌な歴史があるわけです。軍人となることで、家族を守る仕組みはあった。
 戦争って、敵と雄々しく戦うようなものでなくて、社会の目と戦うものでもあった。英雄になるためでなく、除け者にならないために戦う。そういうちっぽけな動機で、大半の人類はずっと戦ってきたのかもしれない。
 『はだしのゲン』の中岡一家はえらいと思う。でも、ああいう中岡一家や、あるいは本作の百合子や小暮のようになれるかというとそうはいかない。
 一平は愛国ものを作ったことで苦しんでいるけど、そうしないとそのとき守れないものはあった。
 大義や理想を取るか? 社会の中で生きていくこと、仲間の平穏を選ぶか? 人間はそのはざまで生きている。

私自身に対する義務です

 そう思えたのは、このあと千代が原点である『人形の家』のセリフを言うからでもある。
 私はただ、しようと思うことをただしなくちゃと思っているばかりです――。
 夫から、妻として、母として役目を果たせと言われて、子どものようだと言われて、社会の目を考えろと言われて。それでも彼女は、私自身に対する神聖なる義務をすると誓う。
 私は人間。
 社会と私、どちらが正しいのか決めねばならない。
 千代はトンビが鳴く空を眺めます。
 
 みつえはやっと布団から出て夫の写真を見て啜り泣く。
 一平がここで出てきて、『人形の家』かと声をかけます。ここで千代は「うちの原点だす」と返すのです。ここは大事でして、かつ本作のテーマだとも思えます。浪花千栄子さんがどうであったかはさておき、この千代は『人形の家』のノラが原点です。
 『人形の家』は、フェミニズム運動勃興と大きな関わりがある。良妻賢母以外の生き方をしてもいいと宣言する作品です。つまり、そのことに感銘を受けて原点と語る千代は、自認しているかどうかはさておき、立派なフェミニストちゅうことやね。

◆ 【 text by 北村紗衣 】 あの後、何が起こったの?~『人形の家 Part2』 | SPICE - エンタメ特化型情報メディア スパイス https://spice.eplus.jp/articles/246021

ここから先は

2,027字
2020年度下半期NHK大阪朝の連続テレビ小説『おちょやん』をレビューするで!週刊や!(前身はこちら https://asadrama.com/

2020年度下半期NHK大阪朝の連続テレビ小説『おちょやん』をレビューするで!週刊や!(前身はこちら https://asadrama.c…

よろしければご支援よろしくお願いします。ライターとして、あなたの力が必要です!