アニメ『ゴールデンカムイ』27話 いご草
スチェンカにバーニャ、暑苦しい男どもの奮闘。子どもたちの成長。そして刺青人皮一枚を得て、旅は続きます。
国境に引き裂かれて
アシリパたちは、キツネの養殖場へ。ここでおじさんが「ありがたいわ!」と語る語尾に、北海道訛りを感じます。
南樺太というのは、露骨なまでに外貨獲得に特化したような産業構造はあります。キツネの毛皮、炭鉱、そしてパルプもそうで、現在でも製紙工場跡が残されています。森林伐採の傷跡は、今でも現地に残されているのです。
南樺太の歴史~戦前の日本経済に貢献した過去をゴールデンカムイと共に知る https://bushoojapan.com/jphistory/kingendai/2020/07/08/116084
そういう開拓をされた残酷な結果を、キロランケはアシリパに淡々と語ります。
青い目のポーランド人だったウイルクの父。ロシアから政治犯として逮捕されたのでしょう。ポーランドは、背後にあるロシアの脅威から逃れるべく、ナポレオン戦争でフランスに味方します。民族の誇りをかけ、自由を勝ち取ろうとするポーランド人は政治犯としてロシアに捕われ、監獄の島に流されてきたのです。
そして母は、樺太アイヌ。
ウイルクは、まさしくロシアと日本のはざまに生まれた運命を持っていました。それまでは一つの島にただ暮らしていたのに、ふたつの国の国境線が引かれ、引き裂かれ、国の都合で故郷を捨てねばならない樺太のひとびと。彼らには過酷な運命が襲いかかります。
・国境が変わるたびに、移住を余儀なくされる。住環境が変化する
・先住民族は、移民と比較すると病気への抵抗力が低い。ゆえに疫病で人口が激減する。肺結核、梅毒、コレラ等
・食生活の変化。人類最大の試練は、狩猟から農耕への転移とされています。農耕が当然となってしまうと、そんな記憶は薄れ、文明化という善行を施している気持ちにすらなることでしょう。しかし、食生活の急激な変化は、時に死に直結します
“虐殺”というのは、何も武器を取って直接命を奪うことだけでもない。
移住を繰り返させ、病気を蔓延させ、食生活を変貌させる。そのせいで、どれほどの人口が激減するか。そのことを描くためにも、樺太を舞台にすることは必然であったと思います。
そしてエノノカのような樺太アイヌは、第二次世界大戦敗北によって本土への移住を余儀なくされました。今、ロシア側がアイヌをロシアの先住民族に認定する動きを見せています。
それにはどういう意味があるのか、考えてゆきたい。『ゴールデンカムイ』は、本当に勉強になる作品です。
麻薬漬けで戦争遂行だ!
さて、網走では。二階堂は、杉元への仇討ちができなくなったためか、すっかり落ち込んでいます。そんな二階堂に鶴見がモルヒネをやると誘いをかけています。
モルヒネか……洒落になっていないものがある。戦争と麻薬か。鶴見がどうなろうと、実際に日本の軍隊は麻薬を使いました。戦時中といえばヒロポンです。要するに、メタンフェタミンです。戦争中のことを「どうしてこんな勇気が湧いてきたのだろう?」と無邪気に美化するのはやめておきましょうか。そりゃヒロポン中毒かもしれないわけですし。戦後もしばらくの間は、現代人がレッドブルを飲む感覚でヒロポンを打つ労働者は結構いたそうです。本気で取り締まるようになるのは、ヤクザがらみの暴力抗争等の諸事情ゆえに。『仁義なき戦い』の世界ですね。
最近大麻で「医療用もあるから」という擁護も見かけますが、過去においては医療用として危険な薬物が許可されていました。アヘンチンキという、その名の通りアヘンを用いたものもあります。かつては「よく泣く赤ん坊にはアヘンチンキを」なんて言われていたのですから、おそろしいものはあります。ですので、現在医療用として許可されているからといって、人体に無害とはまったく言い切れないことは頭の隅にでも入れておきましょうか。
そして、満州とモルヒネがセット出ててくるあたり、『ゴールデンカムイ』は近代史の勉強になりすぎて怖い。アヘン戦争云々で、イギリスをどうこういえた義理でもない。そのへんの事情は、岩見隆夫『昭和の妖怪 岸信介』なんておもしろい本もありますね。
昭和の妖怪・岸信介は「アヘン密売」で絶大な権力を得た!? 今さら聞けない「満州国の裏面史」 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49263
岸信介の「作品」 アヘン中毒の悲惨な実験国家 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット) https://dot.asahi.com/wa/2013051000039.html
第七師団の指揮系統
さて、岩息は殺すこともなく、写しを渡して大陸へ向かうこととなります。明治らしい大陸浪人ですな。当時は大陸と日本をつなげたい、そういうロマンチックな思想がありました。今でも消えたとは言い切れない。町にある中華料理店やフィクションやゲームに出てくる中国人キャラクターに、その名残も見出せます。
不朽の名作『横光三国志』はいわば日本の町中華? その成立を考察してみた https://bushoojapan.com/sangokushi/2020/09/29/150260
そんな冒険が待ち受ける岩息ですが、月島がロシア語で解放と生存を決定します。鯉登はこれに疑念を呈している。生きていれば、貴重な刺青人皮入手経路が残ってしまう。ゆえに鯉登は殺すつもりでもありました。それをこの程度の確認で月島の判断に任せているということは、そこまで強固な上下関係でもないようです。
鯉登が少尉というのは軍隊もの特有のおいしい設定です。年下なのに、上官である。それでも鯉登独特の性格ゆえか、そこまでガチガチではないようですし、気楽なものがあります。
いごねりが好きな理由
今回は、月島の過去です。明治時代の赤い囚人服を着て、月島が死刑囚となった理由を語ります。
ここでいごねりが出てきます。新潟本土はえご草、佐渡はいご草だそうです。
いご草を調理したことはあります。そこまで美味とも言えません。高級品でみない。あんこう鍋とはちがう。それが好きなのは、月島の家庭環境、そして何よりも深い愛ゆえでしょう。
さて、ここで二人が新潟県民と明かされます。鶴見は機関銃も撃つし、河井継之助が有名な長岡藩ルーツではないかと推測しています。長岡の人は賢い、理論派が多いとされております。賊軍側なので、陸軍内での出世には不利。鶴見は年齢と知力の割にはまだ中尉でくすぶっております。出身も関係あるのかもしれません。それ以上に問題行動も多いとは思いますが。きっと鶴見家は、賢い我が子に出世を託したのだとは思いますが。そういう期待がどうなることか?
さて、鶴見ではなく月島に話を戻しましょう。父親が人殺しだのなんだの言われて、いじめられていたようです。下駄を手にしてぶん殴っていますが、これはなかなか危険です。最悪殴られた相手が死ぬこともありえる。そうして喧嘩三昧の月島少年は、第二師団に入り日清戦争に出征しました。
そんな彼には、駆け落ちを約束した女性がいました。くせっ毛で“いご草”と呼ばれた幼馴染でした。
当時は日本髪を結うのが美人の証。こういうくせっ毛は、「桃割れ(若い女性定番の結い方)にも結えない!」と言われて、醜女の証にされてしまいます。いご草ちゃんも、そりゃからかわれてしまう。けれども、月島はそんな髪の毛が好きでした。
自分のことを、基ちゃんと名前で呼んでくれるのは、彼女だけだったから。
そうそう、基という名前ですが。彼はおそらく長男でしょう。かつ、幕末から明治時代は、漢字一文字、訓読みがちょっとした男性名のブーム。勇(いさみ)、一(はじめ)、密(ひそか)、浩(ひろし)等。月島家は割と素直なネーミングセンスということです。
そんな月島基が、一度だけ戻るから、駆け落ちをしよう。そう誓いあっていた彼女からの手紙が、日清戦争終結直前に途絶えた。しかも、帰還すると戦死したはずだと噂が立っている。
しかも、帰る10日前に彼女が海辺に履物を残し、行方不明になっていた……彼女を探し、浜辺にうちあげられたいご草にゾッとし、あることを思い出します。
戦死の噂を流し、彼女を絶望させたのは、自分の父親ではないか! 月島はそう思い、自宅へ馳せ戻ると父を撲殺してしまうのでした。鶴見配下の第七師団、父殺し二人目ですか。一人目は尾形です。
そして尊属殺人犯として、死刑囚になった。 平成7年(1995年)まで残っていた概念です。
甘い嘘
ここで鶴見は、彼女は生きていると言います。なんと鉱山を買い取った三菱の幹部が彼女を気に入り、息子の嫁にすると言い出した。玉の輿に乗せるため、月島が死んだことにし、嫁ぎ先に送り出したと。そのあと、彼女の両親も東京に移住したというのです。
そして彼女から預かった髪を、月島に渡す鶴見。ロシア語を学び、第七師団で自分の部下として生きろと言ってきます。
今、こうして思うと、鶴見の嘘は割と雑だとは思えます。いくらそんなに気に入ったからとて、三菱が息子の嫁に彼女を欲しがるのかどうか。それは言い訳で、もし本当だとしても、三菱のお偉いさんの妾にしたのではないかと思えてきたのですが。それならあり得る。
けれども、そんな嘘なら月島は全然救われないから、甘い嘘を言ってきた気がする。
そして9年後、日露戦争のこと。奉天にいる月島は、佐渡島出身の人物から彼女の遺骨が父親のいた家から掘り出されたと告げるのです。
月島は激怒し、彼女が死んでいた、嘘をついたのかと鶴見に殴りかかります。自殺、生存、そして殺害。彼女の運命がもうわからない。鶴見は死刑を受け入れた月島を救うための嘘だったと言います。そこで砲撃が襲ってきて、二人は倒れ込む。鶴見の額はかくして損傷してしまうのでした。
二人が橇で運ばれるとき、杉元と寅次の姿が見えます。杉元は、寅次は助からないと橇を譲るのでした。谷垣の時といい、こういう描写がいいですね。
結構面倒です。第一師団の位置と、第七師団の位置を把握していないとできないので。そういうところで手抜きをしない、いい作品です。
彼女はどこにいるのか
そして負傷後、最後に鶴見が種明かしをします。
いご草ちゃんは死んでいない。無実にするためには、父親の罪を重くせねば。虐待をされていた子が、父に思い人を殺され激情した。そういう筋書きにしたそうです。
月島はたまたま佐渡の男に会って、その話を聞いてしまった……ということになってはいるものの、その男も鶴見が仕込んでいるようです。果たして何が本当なのでしょう?
ともあれ、鶴見が陰謀を開始すると同時に、月島は小樽の運河に彼女の髪の毛を投げ捨てました。
そんな重たい過去が明かされたわけですが……。
第七師団唯一の良心
樺太編は、第七師団から2名が加わる変則的な構成です。そのうち月島は少なくとも、根っからの悪党ではないと明かされました。その生真面目さゆえに、操られ、恩義で縛られているだけ。二階堂のように薬物中毒廃人路線でもない。宇佐美ほどの心酔もない。尾形は既に裏切っている。鯉登は……。
月島はいご草ちゃんがらみさえ解決すれば、割と違う道を進みそう。第七師団唯一の良心だけに、そうなりそうな予感はしてきます。
月島は素直で裏表がない性格であるとも思えました。恋愛相手のいご草ちゃんにもとても誠実だけれども、鶴見の結構雑な嘘を信じて、ロシア語を勉強して、ここまで尽くしてしまうとは。死刑から救われた恩義もあるとはいえ、誠実ゆえに利用されているだけであり、洗脳まではいっていないようです。
その程度の心酔度である月島を、右腕にしている鶴見も実はちょっと甘かったりして……。
というのも、人物設定的に月島とセットになるのは、鶴見ではなく鯉登だと思えるのです。少尉と軍曹のセットは定番中の定番。鯉登は強いカードなので登場が遅れており、月島をころっとひっくり返せるような何かがあると思います。
それを探っていきましょうか。