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【読書】青木美希『いないことにされる私たち』

 福島原発事故から10年――震災関連死の統計から消されたひとびとがいました。

国ぐるみで、消された

 どう考えたって震災と、そのあとの冷酷な扱いによって命まで落としたのに、そのひとびとが統計から消えるというのは、どういうことだろう?
 それが現実にあったことだと、本書は伝えてきます。読んでいると胸が張り裂けそうなだけでなく、どうしてこんなことができるのかと絶望します。

 が、理由はわかる。そういう実例も山ほどみてきた。
 オリンピックやってやるんだから明るく振る舞え。そういう無言の圧力がある。福島の放射性物質について発信するSNSアカウントを「放射能」と揶揄する人々。「放射能」という揶揄は人を殺す刃になり得ると認識しなければならないのに。
 震災が急速に忘れられ、十年目でケリをつけようという動きは感じていました。そういう言動は、日常に染み付いていた。

 震災を扱った朝ドラ『おかえりモネ』のニュースに「震災は『あまちゃん』が扱ったからしばらく見たくない」ということが書かれてあって、こういうテレビ周辺は震災をネタとしか思っていないのかと愕然としましたね。
 『あまちゃん』のスタッフと出演者がオリンピックプロパガンダ『いだてん』にそのままスライドしたことにも、失望を感じたものです。結局震災って、オリンピックをするための前振りだったの? 遠くに離れていたらネタでしかないの? そうモヤモヤがこみあげてきました。

 南会津を知っていますか。
 あそこは日本でも屈指の豪雪地帯であり、かつ東京との距離ゆえに、水力発電所が稼働しています。電気が利用され始めてからずっと、福島県は電力を首都圏に送っていたのです。
 その首都圏は、オリンピックをネタにしてはしゃいでいる。この人らはどうせ福島の話をしたら、苦笑してそらすなり、気にしすぎだと言うのだろう。そういう経験は何度もあった。恩を仇で返すというか、共感性の欠如というか。そういう苦い思いをずっと抱いてきたのです。不信感です。
 自分の苦い思いなんてその程度だけれども、それよりももっと深い絶望感はあるわけで。ともあれ本書を読んでいただきたい。

 オリンピックをマスコミが盛り上げる中、マスコミへの軽蔑と不信も強くなっていきました。それが緩和されたのはこの本を書いた青木さんのおかげです。マスコミには、文筆には、誠意があるのだと再確認できました。

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小檜山青 Sei KOBIYAMA
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