呉座氏騒動で思う、エコーチェンバーは歴史によくある現象
かつ民は、もとより勢に服し、よく義に懐(なつ)くは寡(すくな)し。
人間なんて勢に合わせるもので、大義について考えている奴なんてほとんどいませんよ。
『韓非子』五蠹篇
呉座氏の騒動を追っていれば、歴史を学ぶ意義を考え直したくなるとは思う。北村氏も指摘済みです。
◆ 自分を責める気持ちが湧いてきて…呉座勇一氏“中傷投稿”問題、北村紗衣氏が語る「二次加害の重み」
武蔵大学准教授・北村紗衣氏インタビュー #2 #文春オンライン https://bunshun.jp/articles/-/44496
――そもそもなんですけど、鍵がついてたとはいえ、実名で、結果的に自分の仕事まで脅かしかねないことを、なぜ口にしてしまうのか……。
北村 油断があったのでは。中世史では数人しか知らない陰謀でも漏れるのに、(鍵アカウントをフォローしていた人が)4000人いたら普通に漏れるだろうと思うんですが……。
全くその通り。歴史ではしょうもないことで陰謀が漏洩します。その心理分析記事も出てきました。
◆ツイッターは今や「2ちゃんねる」!気鋭の歴史学者も陥ったエコーチェンバーとは | News&Analysis | ダイヤモンド・オンライン https://diamond.jp/articles/-/267916
ただ……歴史を学べば見えてくることもあります。
陰謀は漏れる。と同時に、エコーチェンバー、同じ党派性のもの同士が群れるととんでもない馬鹿げた事態に陥っていくと。 例えば「明末三案」という事件があります。概要を読んでいるだけでも間抜けすぎて絶望する。ザッとまとめるので。ささっとお読みください。
明末の場合
例えば「明末三案」という事件があります。概要を読んでいるだけでも間抜けすぎて絶望する。ザッとまとめるので。ささっとお読みください。
◆挺撃の案:あまりに雑な皇太子暗殺計画
万暦帝は,鄭貴妃寵妃との間に生まれた第三子がかわいがっていました。
「ねえダーリン、皇太子よりもあの子皇帝にしよ」
そうセクシーな態度で迫られるも、万暦帝は「それは流石にちょっと」と断りました。
すると素性不明の男が木の棒を持って宮中に乱入し、皇太子殺害未遂に及んだのです。
◆紅丸の案:サプリメントのせいで皇帝急死!
そしてその5年後、予定通り皇太子が泰昌帝として即位しました。
「陛下、いい薬あるんですよ……」
そう怪しげな紅丸というサプリメントを勧めたところ、服用急死しました。責任を追求するもうやむやに。この紅丸は明末ブームだった謎のサプリメントですが、処女の経血が原料にあったなんて話もあって怪しいことこのうえない。
◆移宮の案:皇帝の親離れ問題
そして天啓帝が即位します。彼は実母を亡くしており、養育は父・泰昌帝の妃の一人・李選侍が担当して同居していました。
「うーん、陛下といつまでも李選侍が同居ってどうでしょうね」
そう官僚から批判を浴び、李選侍は引っ越しました。めでたしめでたし……ではない。天啓帝は乳母・客氏に依存してしまうのです。しかもこの客氏の愛人は極悪宦官・魏忠賢。乳母と宦官に操られてしまう、明朝最低の暗君誕生です。
明代、しかも末期はなぜこうもしょうもない事件ばかりなのか? それはエコーチェンバーといいますか、皇帝周辺にイエスマンばかりが集まる環境も悪いとされます。がんばって批判しようものなら左遷か、惨殺か。
正しいかどうかじゃない。上に立つ人が気持ちいいかだけで話は進む。そうなると腐敗し、間抜けなことをやらかし、解決できなくなる。そういう実例も歴史にはたくさんあります。
尊王攘夷というエコーチェンバー
2021年大河ドラマ『青天を衝け』は、尊王攘夷で盛り上がる水戸学を楽しそうに(そう、本当に楽しそうに!)描いております。この先、ドラマがどうなるかはわかりませんが。
水戸学について学んでいて、私はいろいろ絶望しました。
陽明学の需要。武士道の基礎。水戸学の源流……そう綺麗にまとめられるといえばそうですが、いろいろ不穏です。
出発点が「朱子学アンチでいこう!」という姿勢がちらほらと見える。徳川中央へのアンチからスタート。水戸藩は御三家でありながら他の家より扱いが悪く、逆張りもあって尊王や陽明学へ傾倒した心理背景はあるわけです。
それが尊王につながる。
攘夷は捕鯨船が海辺に見える地理的な状況もあるのでしょう。例えば内陸の会津藩とはちがうと。
その尊王攘夷って、中国古典由来ですし、水戸学のベースには陽明学がある。儒教は避けて通れない。このあたりがまた事態をややこしくする。話が脱線しつつあるので、戻しますと。
幕末の尊王攘夷絡みの話は、エコーチェンバーの典型のように思えてきます。
渋沢栄一や近藤勇のような武士と百姓の中間、なまじ学のある青年たちは道場や塾にワヤワヤと集まる。酒飲んで楽しく盛り上がるわけです。
「ウェーイ! 異人ぶっ殺そうぜ、ウェーイ!」
これはのちに倒幕になる側も、佐幕側も大差はない。さまざまな回想録でいかにして異人を斬るか、そこで盛り上がったとあります。そういう彼らの思想バックボーンに水戸学がフィットすると。
しかも「尊王」がまずい。京都の朝廷周辺は海外の知識なんてありません。それでも「異人はいやどすえ」という曖昧な根拠のまま、これまた攘夷を促す。
「異人斬るとかバカじゃねえの。そんなことしても世の中変わるわけないし」
当時、海外事情に詳しいのは福沢諭吉や勝海舟のような幕臣が典型例です。こういう理性的な連中は、異人に弱腰として殺害ターゲットにされるのだから洒落になっておりません。
要するに、エコーチェンバーなのです。
私は水戸学について調べていて、暗い気持ちになりました。『中西文化的衝突』という本を拙い語学力で読んでみた。その本は中国と西洋の伝統文化を比較し、日本は暴力的な西洋文化を取り入れた明治以降道を誤ったとある。もしも日本が江戸時代までのように、儒教はじめ中国文化とともに歩んでいたら……そういう優しい目線がある本です。西洋が暴力的? そんなバカな! そういう話は長くなるのでここではしません、ご自身で読んでいただければ話が早い。
しかし、小島毅『近代日本の陽明学』、『儒教が支えた明治維新』、片山杜秀『皇国史観』等日本における儒教の需要や水戸学の変遷をたどると絶望感しかありませんでした。中国語圏の方と話していてもますます気持ちが暗くなる。
なんだか日本人が儒教、とりわけ陽明学を魔改造して「尊王攘夷! うえーい!」しているようでつらかった。
「この国は(すべてのものを腐らせていく)沼だ」
遠藤周作のようにそこまでは思わないけれど。どういうことなのだろう?
自分なりに考えてみました。地理的にエコーチェンバーが起こりやすい条件が揃っていたのではないかと思う。日本がなぜ植民地にされなかったか? 地理的なものもあるでしょう。植民地政策には費用対効果を考えます。
エコーチェンバーに篭っていた人斬り
幕末のにいちゃんたちが道場でウェイウェイしたように、2000年代あたりのにいちゃんたちも2ちゃんねるでウェイウェイした。そういう歴史は繰り返すのでしょう。
本人たちは青春だなぁ、楽しかったなぁと思っていたところで、トークの内容が「異人斬ろうwww」だったらいけません。明治日本はそういうウェイウェイにいちゃんらが政府中枢にいたもんだから誤魔化されて今に至りますが、ダメに決まってます。ああいうしょうもない攘夷事件のせいでどんだけ賠償金を取られたことやら。
企業のSNSの炎上にせよ。献血ポスターの件にせよ。そして呉座氏の騒動にせよ。結局のところ、2ちゃんのノリでウェイウェイしてえらい目にあう。そういう意味では幕末と構図が似ている気がしますが。
思えば呉座氏が「人斬り呉座抜刀斎」と呼ばれまんざらでもなかったというのは、象徴的な気がしてなりません。
『るろうに剣心』の主人公は、十代で洗脳されヘイトクライムをしていたにも関わらず、さしたる反省もなく(私にはそう思える)、明治維新でチャラになったと思っているのか「おろ?」だのなんだの言って周囲をトラブルに巻き込む。逆刃刀と言い繕おうが、あの長さの鉄で人を殴ったら死ぬ。善人として振る舞いつつ、血塗られた過去の清算もとい私刑まがいをして、それでいて一回り年下の美少女と懇ろになる。
なんでしょう。まとめていたらちょっと気持ち悪くなりましたが。
そういう人を斬っても安全圏にいて、「おろ?」だのなんだの言って、チヤホヤされている。鍵アカウントでやらかす心理状態に近いといえばそうだと思えます。
でも、史実を辿れば、モデルはじめ幕末の人斬りは碌な目にあっていない。
人を斬って便利な道具扱いされるけれども、その役目を果たしたら終わる。『ゴールデンカムイ』の人斬り用一郎が史実に近いといえます。
今にして思えば、人斬りという異名は運命を暗示していたのでしょう。そろそろ嫌味ったらしい文章も終わりとしますが。投げ銭の時間です。
それにしたって、どうして2021年春にこうなったのか気になりませんか? 私なりの推論でも少しだけ有料で。
どうしてこのタイミングなのか?
2022年『鎌倉殿の13人』に関して言えば、放映時はもちろんのこと、もっと進んだ時期であれば影響が大きくなったことでしょう。今なら取り返しがつきます。
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