華流ドラマ『月に咲く花の如く』(原題:那年花開月正圓)
ときは清末――大道芸人の周父娘は、涇陽に流れ着く。そこでひょんなことから、娘のは大商人の呉家に嫁ぐことになるのでした。
まだまだ儒教の教えを守り、女に発言権のない時代。そんな時代を生きる周瑩。佐藤信弥氏『戦乱中国の英雄たち』でもおすすめの傑作ドラマです! なお、同書に掲載されているからといって『コウラン伝』と『三国志趙雲伝』はおすすめではないはず。ま、それはさておき本作のおすすめポイントは?
全てにおいてレベルが高い! 中国古典の味わい
役者もいいし、セットも豪華だし。そういうことはいくらでも出てくるのですが。
本作の何がスペシャルかというと、華流ドラマや文学にある美味しい要素をたっぷり使って、「こういうのを待っていた!」と思わせつつ、さらにアレンジしてくるところ。
豪華な食材で次から次へと料理を作ってきて、しかもアレンジもしているような。そんな熟練料理人の姿が透けて見えるようで素晴らしい。
このドラマは女性商人ものながら、人死が多いという特徴があります。どういうことなんだ……そう困惑しそうになりますが、この亡くなり方が武侠要素に満ち満ちています。本作最終盤は主人公以下、「報仇」とやたらと口にする。これも武侠だと思えばアリかもしれない。
武侠要素たっぷりなら、アクションも凝っている! いつ武芸を身につけたのかわからない人物まで、いつの間にか派手なアクションを見せてくれます。中でも若くして科挙登第を果たした趙白石はちょっと意味がわからないほど武力が高い。なぜ商人ものでここまでレベルの高い馬上戦闘をするのか? 趙白石は山賊の巣窟で絶叫しながら戦うのか? そういう疑念は湧いてきますが、おもしろいのでよいのです。
大家族であるとか。使用人同士が争うとか。女中同士がライバル心を燃やし、主人同士では言えない罵倒を投げつけるとか。そうそう、こういうのは中国古典のお約束だとうれしくなってしまいました。
人間が演じることで歴史が蘇る。そういううまみが詰まっていてどこを食べてもおいしい!
時代考証も流石です。
他の時代のドラマが悪いというわけではありませんが、自然な、アンティークの味わいがある調度品となると清代には強みがある。生活感のあるセットや小道具が魅力的でした。
衣装も豪華で、細やかなアクセサリも見ていて楽しめる。それぞれの人物ごとに個性が出ていて綺麗。使用人の制服も家ごとの個性があってよいのです。
中国古典文学の世界が映像化されるとこうなるのか! そういう新鮮な喜びがあってよいのです。
何もかも取り入れ方がうまい。名物の棗餅、西鳳酒。思わず欲しくなるほど印象的な使われ方をしています。
でも新しい、ジェンダー面でも優れたドラマ
佐藤信弥氏『戦乱中国の英雄たち』は、日本の時代劇が不十分な要素をいかに華流が取り入れているか、そこを取り上げていると思えました。
女性商人主人公ですと、そこはやはり、ジェンダー面で優れている。女性が意見を通すにはどうすればよいのか? そこをきっちりと見せてきます。当初迷信めいたことを言っていた男性が、ヒロインの剛腕を見て態度を変える様は痛快です。
このドラマは儒教の弊害と、その効用も描いています。儒教は男尊女卑(もっともこれは伝統的な宗教や文化はだいたいあてはまる)。だからこそヒロインを縛るけど、家族愛を讃えるものでもある。そういう功罪両面を描きます。そこからの脱出をヒロインは口八丁手八丁でするところがよい。
『戦乱中国の英雄たち』では、本作を朝ドラ『あさが来た』と比較しています。あの本では書かなかった点を補足しておきます。
『あさが来た』は、ヒロイン応援のようでそうでもない。モデルはあの主人公よりもずっと有能で、独立性のある人物でした。それをドラマでは受けるように甘ったるく、ピンチになると夫や五代様(五代友厚。史実ではモデルと接点はあまりない)に救われる設定にしていました。要するに、少女漫画もどきの設定にしていた。女性の活躍よりも、そういうウケる要素を取り入れた作風ということ。あのドラマはヒロインが女子学生へのスピーチとして「おなごのやらかい心」と言っていた。女性だから柔軟性があるという言い回しは偏見を助長しかねない古臭いものです。それでもあのドラマは、ウケるから使っていたようなところがある。
あのドラマはジェンダー的にも問題があります。過大評価甚だしいと感じる次第。それも本作を見たせいかもしれませんね。
その点、このドラマの主人公は、偏見をふまえ、実践的なことをきっぱりと言い切る。女だろうとなんだろうと、好きに生きていいと思えます。このドラマのヒロインは、急須から直に茶を飲み、ヤンキー座りをずっと続ける。注意されても続ける。ありのままに生きてそれでよい、そんな彼女は強いと思う。愛されヒロインだから好かれるのではなくて、ありのままで惹きつける。そんなところが素晴らしい。確かに華流のほうが先を行っていると思えたのです。
あまり魅力を伝えられず申し訳ありませんが。歴史劇としても、武侠ものとしても、中国古典としても、恋愛劇としても、何もかも高水準。そんな奇跡的なドラマでした。ぜひご覧いただければと思う次第です。